瞬先生と別れて病院を出てからも、初子が俺に なぜ あそこにいたのかを聞いてこなかったのは、俺が初子に何も言わなかったからだったろう。
自分の“恋っての”絡みだってことは、薄々 察してたのかな。
それでも根掘り葉掘り 訊いてこないのは、俺には好ましく感じられる初子の美点だ。
それを、他人への無関心だとか、冷たさだとか 言う奴もいるけどさ。
こっちが正直に打ち明ければ、初子は ちゃんとコメントくらいはつけてくれるんだ。
そのコメントが 素っ気なかったり、辛辣だったりすることが多いのも事実だけど。

光が丘公園の芝生広場を囲む遊歩道脇にあるベンチ。
俺が何も言わないから、初子は その件には触れず、口を開けたゴーヤチップスの袋を 俺の目の前に差し出してきた。
一枚、取って食う。
……美味いか、これ?
はっきり不味いとは言わなかったけど、俺は そういう顔をした。
初子が、
「なに、しょんぼりしてんの」
と訊いてくる。

言おうか言うまいか、俺が ほとんど悩まなかったのは、何か 本当のことを言うべき流れができてたっていうか、もう嘘をつきたくない気分になってたっていうか――。
とにかく、ごく自然に、俺は言えてしまえたんだ。
「瞬先生、好きな人がいるんだって」
と。

「え……」
ゴーヤチップスを摘まんでた初子の手が、一瞬 止まる。
俺は、がっくり肩を落として、
「滅茶苦茶 ショック」
と呟いた。
「なんで」
「失恋した」
「はあ?」

『なに言ってんだ、このど阿呆!』っていう意味の『はあ?』。
そりゃ、そーだ。
「あのさ。瞬先生は男性なの。あんた、私の言ったこと、信じてなかったの?」
初子だけじゃなく、瞬先生自身も そう言ってたし、そこを信じてなかったわけじゃないんだけどさ。
「でも、綺麗で優しくて、あったかくて、いい人でさ。あれ、好きにならないでいるのは、難しいだろ。男だとか、男じゃないとか、そんなこと関係なくさ」
「まあ、それは……うん……」
初子は、それで納得したみたいだった。
初子だって 瞬先生のことが好きなんだから、そういう気持ちは わかるんだろう。
瞬先生が、性別に関係なく、誰からも好かれる人だってこと。
瞬先生は、性別に関係なく、誰にでも優しい いい人だし。

「瞬先生、好きな人がいるのかあ……。そんなことだろうとは思ってたんだ」
自分に駄目出しするみたいに そう言って、初子はゴーヤチップスを 袋ごと、俺に押しつけてきた。
やっぱり、おまえだって 美味いと思ってなかったんだろ!

「長い付き合いの幼馴染みだろ。慰めてくれよ」
俺が図々しく、初子に慰撫を求めると、初子は、
「あんた、男でしょ! あんたこそ、初恋に破れた か弱い乙女の私を慰めなさいよ!」
と噛みついてきた。
「男女差別反対! おまえが か弱いオトメなら、俺だって、か弱いオノコだ!」
初子は、女権拡張論者じゃないけど、男女同権論者だ。
「そーだね。……失恋の つらさに、男か女かってことは関係ないかー」

俺が、俺も失恋したって言ったから、初子は素直に その事実を認める気になったのかもしれない。
そして、初子が泣かなかったのは、同じく失恋した俺が泣いてなかったからだったろう。
とにかく そういう経緯で、俺と初子は その日 一緒に、同じ人に失恋したんだ。






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