「ナターシャちゃん、おはよう。よく眠れた?」 その人はマーマじゃなかった。 ナターシャ、誰だろうって思ったヨ。 だって、全然 知らなかった人だったから。 マーマより丸い顔で、マーマより短い髪で、ん……と、マーマみたいに綺麗じゃない。 マーマとおんなじくらい優しそうな目をしてるけど、でも、知らないおばちゃんが、何だか すごく嬉しそうにナターシャを見てた。 おうちも違う。 お陽様の光が いつもと違う方から入ってきてる。 お部屋も違う。 ナターシャのお部屋の壁は 薄い緑色で、ナターシャの描いた パパとマーマとナターシャの絵が飾ってあるんダヨ。 マーマが呼びに来る前に 目が覚めた時は、ナターシャは 最初に その絵に『おはよう』って言うノ。 なのに、このお部屋には ナターシャの描いた絵がない。 ベッドも違う。 パジャマはナターシャのパジャマだけど、テーブルも違う。 あれ。でも、おもちゃ箱は ナターシャの おもちゃ箱。 ここはどこ。 このおばちゃんは誰。 ナターシャ、ベッドの上で きょろきょろしたヨ。 「ここ、どこ……? パパとマーマは?」 ナターシャ、小さな声で訊いたノ。 おばちゃんは笑って 答えてくれなかった。 代わりに、 「ナターシャちゃんは、一人で お着替えができるかしら?」 って訊いてきた。 ナターシャの声が聞こえなかったのカナ? ナターシャは、お着替え、もちろん 一人でできルヨ。 ナターシャが 一人で お着替えすると、パパとマーマが褒めてくれるカラ。 ナターシャは おリボンだって、一人で結べル。 でも、マーマはどこ。 パパは まだ お仕事ナノ? 「マーマは?」 「あ、ええ。まず、お着替えして、朝ごはんを食べましょう」 知らないおばちゃんは そう言って、ナターシャのお洋服を出してくれた。 パパとナターシャがタッグを組んで買った、白いワンピース。 ウエストの右と左にバラ色の長い おリボンがついてて、おなかの方でも背中の方でも 好きなところで おリボンが結べるの。 このワンピースを買う時は、大変だったんダヨ。 リボンが ほどけると危ないって言って、マーマは このワンピースを買うのに大反対。 デモ、パパは ほどけないようにすればいいんだって言って、マーマにテイコウしてくれた。 ナターシャの いちばんの お気に入りダヨ。 知らない おうち。 知らない おばちゃん。 ナターシャのパジャマと ナターシャのお洋服と ナターシャのおもちゃ箱。 よくわかんないケド、ナターシャは ベッドを出て、お着替えしたヨ。 ナターシャ、ほんとは一人で お着替えできるんだケド、おばちゃんが手伝ってくれた。 お着替えしながら、ナターシャ、前にも おんなじことが あったのを思い出した。 パパのおうちで おねむしたのに、朝 起きたら、ナターシャは 沙織さんの おうちにいたの。 真夜中に悪者が現われて、パパとマーマが悪者退治に行かなきゃならなくなって、それで パパとマーマはおねむしてるナターシャを沙織さんの おうちに運んで預けたノ。 ナターシャは、3日 沙織さんのおうちで、パパとマーマの お迎えを待った。 パパとマーマがお迎えに来てくれた時は、沙織さんのおうちのメイドさんが、ナターシャが とってもいい子でいたって パパとマーマに言ってくれて、マーマは とっても嬉しそうだった。 パパも ナターシャの頭を撫でてくれた。 きっと、あの時と同じ。 パパとマーマは正義の味方のお仕事に行ったんダ。 だったら、ナターシャ、いい子でいなくちゃ。 お着替えが済んだら、おばちゃんが ダイニングに行きましょうって。 ナターシャが おばちゃんとダイニングに行ったら、そこには、知らないおじちゃんがいて、 「ナターシャちゃん、おはよう。よく 眠れたかな?」 って、ナターシャに訊いてきた。 パパより ちょっと横幅があって、パパより ちょっと お顔が四角い。 パパみたいにスマートじゃないケド、でも、おばちゃんと おんなじで、ナターシャを嬉しそうに見てる。 「ウン。オハヨー……ゴザイマス」 ココは 沙織さんのおうちじゃない。 紫龍おじちゃんの お家でもない。 蘭子ママのおうちでもない。 初めてのおうち。 パパとマーマのおうちのダイニングより広いダイニング。 窓の向こうに お庭が見える。 お庭には、ピンクと白の薔薇の花が咲いてて、とってもキレイ。 ごはんを食べるテーブルには子供用の椅子がなくて、おばちゃんが、 「ごめんなさいね。ナターシャちゃん用の椅子の用意が間に合わなくて」 って言って、大人用の椅子にクッションを二つ重ねてくれた。 テーブルの上には、ジャガイモの入ったオムレツと、クロワッサンとフルーツサラダ。 それから、マンゴーのジュース。 ナターシャは、ちゃんと『イタダキマス』って言って、食べたんダヨ。 「美味しい?」 おばちゃんが心配そうに訊いてきて、ナターシャは、 「オイシイ」 って答えた。 ジャガイモの入ったオムレツも クロワッサンもフルーツサラダも、ナターシャの大好物。 おばちゃんは、そのこと、知ってるのカナ。 ご飯は美味しかったヨ。 ジュースは パパが作ってくれるジュースの方が美味しいケド、おばちゃんのジュースも美味しい。 デモ、この おうちには、ナターシャの知ってる人がいない。 ナターシャ、それが ちょっとフアンだった。 「パパとマーマは?」 ナターシャが訊くと、おばちゃんは 困ったみたいに笑って、答えてくれたのは おじちゃん。 「このおうちでは、私たちがナターシャちゃんのパパとマーマの代わりだ。寂しくないね?」 「パパとマーマは、いつ お迎えに来てくれるノ?」 「ナターシャちゃんは とっても いい子だって聞いたよ。いい子で待てるね?」 「ウン」 モチロン、ナターシャは いい子で待てるヨ。 正義の味方のパパとマーマの子供のナターシャは、パパとマーマの顔をツブサナイために、いい子でいなきゃならない。 ナターシャは いい子で パパとマーマのお迎えを待つケド――ナターシャが壁の時計を見たら(ナターシャは、時計の見方もちゃんと知ってルヨ!)、9時を過ぎてタ。 ナターシャ、お寝坊したのカナ。 いつもなら 、マーマは もうお仕事に行ってる時間ダヨ。 「おじちゃんと おばちゃんはお仕事に行かないの?」 「私は医者なんだ。今日は祝日で 病院がお休みなんだよ」 おじちゃんに そう言われて、ナターシャ、ちょっとアンシンしたの。 「ナターシャのマーマもお医者様なんダヨ! ソッカ。おじちゃんは、マーマのお友だちなんダ!」 そうだったんダ。 知らない おうちに、知らない おじちゃんとおばちゃんだったカラ、ナターシャ、ドギマギしてたけど、それなら ナターシャ、わかるヨ。 パパはいつも、知らない人にナターシャを預けたくないって言ってるけど、マーマのお友だちのおじちゃんなら、“知らない人”じゃないヨネ。 ナターシャが ほっとしたら、おばちゃんも ほっとしたみたいダッタ。 「私は ずっとおうちにいるの。ナターシャちゃんと一緒にいるのよ」 「ナターシャ、知ってる! お仕事に行かないママのことを センギョーシュフって言うんダヨ。センギョーシュフのママは お仕事に行かないカラ、毎日 公園に来れるんダヨ」 ナターシャのパパとマーマは、お仕事が二つあるカラ、センギョーシュフじゃナイ。 だから 毎日 公園でナターシャと一緒に遊ぶことはできないケド、その分、お休みの日には ナターシャと いっぱい遊んでくれるヨ。 「ナターシャちゃんは、難しい言葉を知ってるね。ナターシャちゃんは公園で遊ぶのが好きなの? ここから ちょっと行ったところにも、綺麗で大きな公園があるんだよ。今日は天気もいいし、おじちゃんとおばちゃんと一緒に 公園に行ってみようか」 「大きな公園?」 「ええ。とっても 大きな公園よ。うちには子供がいないから、ナターシャちゃんと一緒に公園に行けたら、嬉しいわ」 「ソッカー。じゃあ、ナターシャがおじちゃんとおばちゃんと遊んでアゲルヨ」 「ありがとう、ナターシャちゃん」 おばちゃんが スゴク嬉しそうに笑うから、ナターシャも嬉しくなった。 お休みで、いいお天気の日は、お外で遊ばないと、大人もウンドーブソクになるんダヨ。 ナターシャはオデカケ、大好き。 オサンポも大好き。 だから、ナターシャは、ウンドーブソクにはならないんダヨ。 |