「僕たちは、超能力者などではありませんよ。もちろん、ロボットでも宇宙人でもありません。僕たちは、特殊な訓練――思考や感情を人に読み取らせないための訓練を受けていて、こういう言い方が適切かどうかは わかりませんが、思考をロックできるんです」
もしかしたら超能力者なのかもしれない人間を納得させるために、瞬は そういう説明をした。
実際のところ、瞬は、人の考えが読めると主張する挙動不審客が、なぜアテナの聖闘士たちの思考を読めないのか、その理屈は よくわかっていなかったのであるが。
ただ 小宇宙で意思の伝達を行なうと、小宇宙を感知できる敵方の人間に アテナの聖闘士たちのやりとりが筒抜けになってしまうので、情報漏洩回避のために、意図的に小宇宙を生むことを避けているというアテナの聖闘士たちの事情が、この事態を招いているのかもしれないと推察できるだけで。

瞬は――おそらく、氷河もシュラも――小宇宙を生まない一般人相手に思考を遮断しているつもりはなかったのだ。
瞬は、挙動不審客がテレパシストだということにも懐疑的だった。
「僕たちがしていることは 超能力によるものではありませんし、あなたが人の考えを読めるというのも、きっと超能力ではないと思いますよ。かなり高いレベルの読心術なのじゃありませんか?」
「そんなことは……」
『ない』と言い切ることを、挙動不審客はしなかった。
自分は間違いなく超能力者だと主張することが、彼には できなかったのだろう。
現に、考えを読めない相手が三人もいて、しかも、その三人は自分たちを超能力者ではないと主張しているのだ。

「一般に超能力と呼ばれているような力がなくても、人の思考は読めるんですよ。脳内で起こる電位変化――ニューロンの活動を読み取ることで」
「ち……超能力者でなくても……?」
「ええ。脳の血流パターンを読み取って 言語化文章化する仕組みは、既に実験段階に入っています。脳の変化は自然に人間の体の表層に現れますから――たとえば、目の動きが発する微弱な電気を読み取って、人の意思を 他者に伝える器具も、かなり以前に実用化されています。聾唖者や筋萎縮性側索硬化症の患者さんたちは、その器具を使って意思伝達を行なっているんですよ。もちろん、複雑な感情の伝達までは無理なんですけど、それは 言葉を用いても伝えることが難しいものですからね」

言葉や文字を用いない意思伝達が 普通に行われているという瞬の言葉は、挙動不審客には 驚愕に値することだったらしい。
彼が超能力だと信じていたものが 超能力でも何でもなく、当たりまえに行われており、驚くべきことでも何でもないと言われたのだから、それは 自分を超能力者だと思っている彼にとって、まさに“驚くべきこと”だったろう。
自分が超能力者でないことを認めたくないのか、彼は 瞬に食い下がってきた。

「人の脳を読み取ることができるといっても、それは機械を使わなければできないんだろう? 俺は 機械に頼らなくても、それができるんだ」
「機械というのは、人間にできることを代替するものです」
「だ……だとしても――俺のしていることが機械と同じことだとしても……それを俺に読み取らせないことは、あんたたちに脳がある限り不可能なことだろう。それとも、あんたたちには脳がないのか」
「馬鹿にするな」
挙動不審客の 超能力ならぬ論理の超飛躍に、氷河がむっとする。
氷河をなだめるために、瞬は 薄い苦笑を作った。

「あなたは 人の脳を直接 見ているわけではありませんから……。僕たちは、自分の脳の活動が身体の表層に出ないように、自分の身体をコントロールできるんです」
それは嘘であり、また事実でもあった。
身体のコントロールは しようと思えば いくらでもできるが、瞬は――氷河もシュラも――そのコントロールを行なっていない。
ただ 平時に小宇宙を生まないようにしているだけで。
実際、氷河など、先ほどから、思考も感情も 表情や行動に出しっ放しである。
それが読めないと言い張る自称超能力者は、自分の目が見えていないと言っているも同然だった。
あるいは、彼は 彼の目が見ているものを信じないように努めているのだ。

「あなたの能力も、僕たちのしていることも、普通の人には駆使することが困難だという意味で 超能力ですが、それは人間に絶対に行えない力ではないんです。あなたも僕たちも、超能力者ではないと思いますよ」
「そんな……」
彼は、そんなにも超能力者でありたかったのだろうか。
瞬に 超能力者ではないと断じられたことが 大きな衝撃だったらしく、瞬の上に据えられている挙動不審客の眼差しは ひどく虚ろなものになっていた。
彼は、そして、テーブル席のソファに崩れ落ちるように力なく座り込んでしまった。






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