晴れた夏の日の公園。
瞬たちは日中の暑さを避けて、あえて 夕暮れと呼べる時刻に やってきたのだろうが、夏の太陽は まだまだ沈みそうにない。
私としても、この季節の紫外線は避けたいのだが、瞬を手に入れるためだ。
暑さも紫外線も我慢我慢。
ナターシャは、瞬と金髪馬鹿と一緒に 芝生広場脇の東屋で、芝生広場と そこに立つケヤキの木の絵を描いているようだった。
芸もなく立っているだけのケヤキの木などより、美しい私の姿を描く方が よほど楽しいだろうに。

そう思いながら、私は さりげなくナターシャに 私の美しい姿を見せてみたのだ。
斜めに傾いた太陽が 芝生広場の木々の影を長く伸ばしている。
あえて その影の中ではなく 光の中に立つ私は、さながらスポットライトを浴びて身じろぎもしない大スターというところか。

ナターシャは、すぐに私に気付いた。
私の姿を認めるなり、ナターシャが息を呑んだのが、私には わかった。
ふふん。
まあ、そうなるだろうな。
私は、心の中で 北叟笑んだ。

幼い子供ながら、ナターシャの美意識は真っ当だった。
ナターシャは、一目見ただけで、私の美しさに心を奪われたようだった。
手にしていたクレヨンを木のテーブルの上に放り投げ、私を見詰めたまま、瞳を輝かせ、脇目もふらずに、ナターシャが私の方に駆けてくる。
ナターシャは、氷河より 操りやすそうだった。
ナターシャは使える。

私は 確認できた事実に満足し、ナターシャの前から さっと姿を消した。
瞬を手に入れるためとはいえ、夏の陽射しは不快以外の何物でもなかったから。
ナターシャは、私の姿を見失ったことがショックだったらしく、私の姿を求めて、懸命に辺りを探しまわり始めた。
瞬が、ナターシャの帽子を持って、芝生広場の真ん中で きょろきょろと四方に視線を飛ばしているナターシャの許に歩み寄っていく。
「ナターシャちゃん、急にどうしたの? お陽様の下では、ちゃんと帽子をかぶって」

瞬に そう言われても、ナターシャは帽子を受け取ろうとはせず、消えた私を探している。
一瞬 その目に映っただけで忘れ難い衝撃を与えた私の美しい姿を。
ナターシャは もう私の虜だ。
私に心を奪われてしまった。
当然だ。
それが普通の人間の普通の反応というものだ。

幼い子供ごときが 私の素早い動きについてこれるはずがないのだが、探しても探しても 美しい私の姿を見付けられず、哀れなナターシャは結局 瞬にしがみついて泣き出してしまった。
「マーマ、マーマ、いなくなっちゃった。すごく綺麗だったノニ、どこ行っちゃったノ」
「いなくなった――って、誰か、ここにいたの?」
美しい私を見失ってしまったことが、よほど悲しかったのだろう。
ナターシャの泣きべそは なかなか収まりそうにない。
私の美しさは、つくづく罪作りだ。

だが、これでわかった。
吉乃だけでなく ナターシャも、その目と美意識は真っ当。
瞬の目と氷河の目だけがおかしいのだ。
ナターシャを うまく利用すれば、きっと 瞬の心を私に向けることができる。

それは、つまり、私が氷河と同じ手を使うということだ。
瞬を手に入れるために氷河が使ったものを、今度は私が利用して、この私が瞬の心を捉える。
私がナターシャを利用して 瞬の心を手に入れるということは、ナターシャを利用して 私から瞬を奪った氷河への復讐にもなる。
一石二鳥だ。

瞬はまだ私のものになっていないというのに、そうなった時のことを考えて、私は陶然とした。
その夜は眠れなかった。
もともと私は夜行性ではあるのだが、野暮な突っ込みは無用だ。

いつも瞬を包んでいる、あの清らかで優しい空気が、私をも包む。
しなやかな瞬の指が、私の身体を愛撫する。
瞬に愛されたら、瞬に抱きしめてもらえたら、私は どれほどの歓喜と快感を得ることができるのだろう。
そのために。
私は、絶対に、瞬を私の虜にする。
私に夢中にさせてみせる。

私の美しさをもってすれば、瞬に 金髪馬鹿の氷河や ナターシャを忘れさせることなど容易なはず。
そのために、私は いよいよ 瞬の心に続く道の最初の一歩を踏み出すことにした。






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