「そんなに妹が欲しいのか……」
“翔龍では駄目”ということは、ナターシャが欲しいのは、いざという時に頼ることができ、互いに支え合うことのできる兄弟姉妹ではなく、あくまでも妹――ということなのだろう。
だが、なぜ 急にナターシャが そんなものを欲しがるようになったのか、その訳が 瞬には わからなかったのである。
パパが大好きで、パパに愛されることを至上の喜びと感じているようなナターシャが、なぜ あえて パパの愛情を独占できなくなる状況を望むのか。
瞬には それが不思議でならなかった。

「ナターシャちゃんは、自分より小さな子に お姉ちゃんぶりたいのかな?」
「それなら、星矢で十分じゃないか。星矢相手に、好きなだけ お姉ちゃんぶればいい」
「そんな……。星矢は あれでも、ナターシャちゃんのパパでもおかしくない歳なんだよ」
年齢的には まだアイオリアの方が、ナターシャの弟役には ふさわしい――と言いかけ、その直前で 瞬は、自分が口にしようとしていた言葉を呑み込んだ。
そのアイオリアでさえ、ナターシャより10歳以上 年上なのだということを思い出して。
言葉に詰まった瞬に、氷河が別の可能性を提示してくる。

「ナターシャの目標はおまえだから、ナターシャは おまえの真似をしたいのではないか? お姉ちゃんぶりたいのではなく、手の掛かる小さな子供の面倒を見て、マーマぶりたいのかもしれない」
「それなら、氷河で十分じゃない」
「どういう意味だ」
どういう意味も こういう意味もない。言葉通りである。
ナターシャがマーマぶりたいのであれば、その相手に氷河以上の適役はいない。
だが、おそらく、ナターシャの望みは そういうことではないのだ。

『そういうことでないのなら、どういうことなのか』という疑問への答えは、瞬には わからなかったが、“そう”でないことだけは、瞬にもわかっていた――感じ取れていた。
そして、ナターシャがどうしても妹が欲しいのであれば、それを与えることは決して不可能なことではない――と、瞬は思った。

「氷河、どこかに、ナターシャちゃんに妹をあげられるような親密な女性は――」
「その先を言うなよ。俺を怒らせるな」
「……」
氷河が怒ることは わかっている。
わかってはいるが、“ナターシャの妹”とは、つまり“氷河の娘”のことなのだ。
視線で そう告げると、氷河は、せっかくの綺麗な顔を よく そこまで派手に歪められるものだと感心したくなるほど 嫌そうに、その顔を歪めることをした。

「俺は自分の遺伝子を後世に残そうなんて、死んでも思わないぞ」
「でも、それは氷河のマーマの遺伝子でもあるんだよ」
「……」
瞬のその言葉に、氷河は 一瞬 言葉に詰まったようだった。
まさか そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
しばしの沈黙のあと、氷河が真顔で答えてくる。
「それを持っているのは、俺だけでいい」
「氷河……」
氷河は、真顔だから真面目だとは限らないのだが、それが冗談であるとも――本心からの言葉ではないとも――言い切れない。
ただ氷河が『ナターシャ以外の娘はいらない』と思っていることだけは、瞬にもわかった。

氷河が欲するものは――氷河にとって価値があるものは、血ではなく愛なのだ。
氷河には、愛だけが、この地上世界で唯一 価値あるものなのである。






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