「君は、ただの青銅聖闘士とは思えぬ慧眼の持ち主だ。その洞察力、判断力。むしろ童虎より、聖闘士の善悪を判断する天秤座の黄金聖闘士にふさわしい。その通り。すべては君の推測通りだ」 「やはり……」 「私は、キグナスに クールでない部分を取り除くオペを施さなかった。その振りをしただけだ。私がキグナスに対して行なったのは、ゲシュタルトと同じ心理療法。私はキグナスに、自分はクールになったと思い込ませたのだ」 「んで、あの壁ドンが、氷河のイメージするクールな告白だったわけか? それも 滅茶苦茶 ヤなんだけど……」 星矢が 心底から嫌そうな顔になり、それには紫龍も全く同感していたのだが、であればこそ、紫龍は壁ドンの件を聞き流した。 「しかし、蛇遣座の黄金聖闘士ともあろう者が、たかが栗蒸し羊羹のために? 確かに氷瞬堂の栗蒸し羊羹は、毎日 50棹の限定販売、朝いちばんに店に行っても、なかなかゲットできない超入手困難スイーツらしいが」 紫龍は、オデッセウスの自供に呆れた顔を作るだけで済んだが、呆れるだけでは済まない男が一人、その場にはいた。 言うまでもなく、オデッセウスの心理療法によって、自分はクールな男になったと思い込まされていた某白鳥座の聖闘士である。 「貴様は つまり、してもいないオペをしたと嘘をついて、俺から 栗蒸し羊羹を騙し取ろうとしていたのかっ !? 」 オデッセウスを好きでも何でもない氷河は、彼に対して 至ってクールである。 心理療法が解けて 怒り心頭に発し、早くもオーロラエクスキューションの構えに入った氷河を押しとどめたのは、瞬だった。 氷河の(クールな)壁ドンによる困惑から解放された瞬は、オデッセウスに向かってオーロラエクスキューションを撃つために左右の手指を組んだ氷河の拳を抱きしめるように――両手でしがみついていった。 「ち……違うの! 氷河、待って! オデッセウスさんは、氷河を騙そうとしたんじゃないの!」 「瞬……?」 オデッセウスとの間に 瞬に割って入られ、その視界に映っているのが瞬だけになると、氷河の“クールでない部分”が活動を始める。 瞬の瞳に涙が にじんでいるのに気付き、氷河は慌てた。 「そうだ。こいつは、俺だけでなく、おまえをも騙したことになる。本当にひどい奴だ。今すぐ、この藪医者をやっつけてやるからな」 「違うの。オデッセウスさんは、すべてを見抜いていたの。氷河がクールになり切れないのは、氷河が愛情深いからで、氷河をクールにするには、氷河から 人を愛する気持ちを取り除くしかないんだって、オデッセウスさんは最初から見抜いていたんだよ!」 「なに」 見抜いていたも何も、そんなことは、氷河の仲間たちは全員、嫌になるほど知っている。 オデッセウスが すべてを知っている青銅聖闘士たちと異なっていたのは、氷河から“人を愛する気持ち”を取り除く技を、彼が駆使できたことだったろう。 「君をクールな聖闘士にするためには、君の中にあるアンドロメダへの恋情を取り除くしかなかった。私は、それでいいのかと、アンドロメダに尋ねたんだ。アンドロメダは、私に、そのままにしておいてほしいと答えた。アンドロメダに恋着する心を 君の中から取り除けば、同性から好意を持たれるという面倒臭い状況から逃れられるのに、アンドロメダは 私にオペをしないでくれと言ったんだ」 「瞬……」 栗蒸し羊羹をオデッセウスに供しながら、栗蒸し羊羹を瞬に供されながら、二人はそんなことを話し合っていたというのだろうか。 氷河が瞬の名を呟くと、瞬は ほのかに頬を上気させ、顔を俯かせてしまった。 「アンドロメダは、君の人権、君のパーソナリティを守ろうとしたのだろう。一人の人間としても、アテナの聖闘士としても、決して褒められたものではなく、優れたものとは言い難い君の人格、君の個性、君の価値観を。同性に恋されるなど、アンドロメダには 迷惑以外の何物でもないだろうに、人道的立場から、アンドロメダは、それを否定してはならないと考えたのだ」 氷河は、オデッセウスの言うことなど聞いていなかった。 「全く褒められたものではない、全く劣等な君の価値観、君の人間性を尊重しようとするアンドロメダの寛容に感謝して、アンドロメダに迷惑をかけぬよう、君も自分を律することを学ぶべきだと、私は――」 氷河は、オデッセウスの言うことなど、もちろん全く聞いていなかった。 「瞬ーっ! やっぱり、おまえは俺を好きでいてくれたんだなーっ !! 」 「やだっ!」 瞬が真っ赤になって その場から逃げていってしまったのは、事実から ずれまくっているオデッセウスの説教を聞いていることに耐えられなくなったからだったのか、あるいは、人前で氷河に図星をさされることに耐えられなかったからだったのか。 クールも クール以外のことも、オペも 栗蒸し羊羹も、すべてがどうでもよくなったらしい氷河が、 「瞬ーっ!」 到底クールとは言い難い雄叫びを城戸邸中に響かせて、瞬を追いかけていく。 あとに残された星矢と紫龍は、遠来の客の前で、気の抜けた溜め息を盛大に洩らすことになったのだった。 |