「やっぱ、そうなるのかー……。瞬のためには そうでない方がいいと思ってたんだけど、よりにもよって氷河って、もう最悪。瞬の奴、何も 自分から苦労を背負い込むこともないのにさぁ……」
「瞬は、人がいいからな。なりふり構わない氷河のアプローチを 冷たく拒むこともできないんだろう。氷河は、放っておけないタイプの男だし」
あの氷河が相手では、瞬の苦労が目に見えている。
星矢と紫龍は、瞬の今後を案じざるを得なかった。
なので、大いに案じた。
しかし、オデッセウスは――氷河が なぜクールではないのかを看破してのけたオデッセウスは、星矢たちの懸念を理解してくれなかった。
否、オデッセウスが理解できていなかったのは、星矢と紫龍の懸念ではなく、瞬の気持ちの方だったのかもしれない。

「なぜ、そうなるんだ。まるで、アンドロメダが キグナスに特別な好意を抱いているような……。アンドロメダは あくまでも、キグナスの人権を尊重する人道的見地から、キグナスのオペを阻止しようとしただけで、キグナスに特別な好意を抱いているわけではないだろう。アンドロメダは、キグナスからクールでない部分を取り除くオペが人権蹂躙に当たると考え、それはすべきではないと言っただけだ」
「なぜ そうなるんだ――って……。フツー、そうなるだろ。瞬は、氷河が瞬を好きでいる気持ちを、氷河の中から取り除かないでくれって言ったんだろ。氷河に好かれたって、ろくなことにならないって わかりきってるのにさ」
「氷河の恋情は、瞬の戦いの邪魔にしかならないだろうな」
「そうそ。それでも 氷河に自分を好きなままでいてほしいって、瞬は言ったんだろ? それで 瞬が氷河を好きでいるんだって思わないなら、そう思わない あんたの方がおかしいだろ」

それは深く考えるまでもない、自明の理。
人道にも人権にも関わりのない、ただの恋愛問題。
人の気持ちを思い遣りすぎる瞬は、氷河の気持ちも わかってしまい、同調し、共鳴し、瞬自身も氷河への恋に落ちてしまったのだ。
そう考えている星矢たちの前で、オデッセウスは 全く理解不能の顔。
鮮やかな青色で縁取られたオデッセウスの目は、星矢たちの考えが完全にわかっていない人間のそれだった。

「紫龍。ここまで本気で不粋っていうか、野暮っていうか、いくら何でも これは 察しが悪すぎるだろ。オデッセウスって もしかして、偉そうな態度の割に、恋愛経験皆無なんじゃないか? だから、氷河くらい恥ずかしげもなく 好きだ好きだって大声で騒ぐ奴の恋着は わかるけど、瞬みたいに 控え目な人間の心の機微は読み取れないんだ。オデッセウスって、ずっと仕事一筋で、アテナと聖域を守るため、黄金聖闘士の育成と保護のために 自分の身体を病的に痛めつけてた ドMなんだろ?」
星矢の態度が こそこそしたものに、星矢の声が ひそひそ声になったのは、オデッセウスへの思い遣りだったろう。
星矢には オデッセウスの不粋や野暮を責める意思はなく――彼は、あくまでもオデッセウスの身を案じたのだ。

「ドMとは言わないが、オデッセウスは、異様なまでに仕事熱心な医司の聖闘士だったようだな。ほぼ 滅私奉公。我が身を顧みることは ほとんどなかったようだ」
「もしかして ドーテーとか……」
星矢の声が、極限まで小さくなり、
「それは知らん」
紫龍の声と表情も、極めて厳しく険しいものになる。

「いや、俺だって、まだ立派なドーテーだけど、オデッセウスって、結構いい歳なんだろ? 前聖戦の頃の黄金聖闘士たちが7、8歳の頃には もう成人してたって聞いたし、どう考えたって30は超えてるよな? へたするとアラフォー、まじで40代。それでドーテー」
「な……何も言わずにいてやろう。武士の情けだ」
これ以上、言葉を重ねることに耐えられない。やり切れない。
紫龍の声は ふるふると震え、今にも消え入りそうだった。
だが、紫龍は、星矢に知らせずにいることもできなかったのである。
「前聖戦の時代の聖域で、老師や蟹座のデストールは、オデッセウスのことを『アテナより尊い』と言っていたそうだ。それは、もしかすると、彼が30歳を過ぎても童貞――いや、清らかな妖精という意味だったのかもしれん」
――という情報と推測を。

星矢と紫龍は苦渋に満ちた目と表情で頷き合い、そして、今度こそ無言になったのである。
おそらく その推測は事実だと、確信できてしまったから。
クールだ、クールではない、恋だ、人道だと、侃々諤々していられる氷河(十代の青少年)が、瞬(十代の青少年)が、そして 自分たち(十代の青少年)が いかに健全で健康的か、いかに幸福で恵まれた人生を生きていることか。
今更ながらに、星矢たちは、その事実を思い知り、いわく言い難い気持ちになってしまったのである。






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