「まだ12月にもなっていないのに、早くもクリスマス商戦突入ってか。商魂たくましいなぁ。アテナの聖闘士より たくましいぜ」
「クリスマスまで、残り1ヶ月を切ったという見方もできるからな。ナターシャは欲しいプレゼントがあるのか?」
氷河は仕事、瞬は夜勤。
氷河と瞬の二人共が ナターシャと一緒にいられない時、ナターシャは彼女のパパとマーマの仲間や友人、その親族に 預けられることになる。
いちばん多いのは、“ナターシャが紫龍と春麗の家に行く”、次に多いのが“星矢と紫龍が ナターシャの家にやってくる”で、今夜は後者。
ナターシャは、自分の家で、星矢と紫龍に『賢者の贈り物』の話をしていた。


「クリスマスは ずっと先だから、プレゼントの準備は まだしなくてもいいんダヨ。そうじゃなくて、ナターシャは、ケンジャのオクリモノのお話をマーマに教えてもらったノ。すれ違いのプレゼントのお話ダヨ。時計の鎖をあげたら 時計がなくて、綺麗な櫛をあげたら 髪がなくなってて困る お話。“ケンジャ”っていうのは、物知りの偉い人のことデ、世界で初めて クリスマスプレゼントを贈った人だってことも、ナターシャはマーマに教えてもらったヨ」
ナターシャは、そう言ってから、ソファではなく 床に膝を立てて、リビングルームのセンターテーブルに両肘を乗せた。

「『賢者の贈り物』のストーリーを知ってて、ケンジャの正体も知ってたら、もう完璧じゃん。なのに まだ、何か わからないことがあるのか?」
ナターシャは、『賢者の贈り物』について何らかの疑問を抱き、その謎の答えを求めて、白とピンクのリボンを買い損ねた日の話を始めたようだったのに。
星矢がナターシャに尋ねると、ナターシャは、
「ナゾは深まる一方ダヨ!」
と言って、その唇を きつく引き結んだ。
紫龍が、ナターシャではなく星矢に対して、ナターシャが抱えている謎の解説を始める。

「『賢者の贈り物』の最大の謎は、すれ違ってしまったプレゼントの どこが“賢者の”贈り物なのかということだろう。普通に考えたら、『賢者の贈り物』のプレゼントは、全く賢くないプレゼントだ」
「あ、その点に関しては、俺も不思議だぜ。あの話って、どう考えたって、賢者の贈り物の話じゃなく、うっかり夫婦の粗忽な贈り物の話だよな」
星矢の抱えている謎に、その答えを提示してくれたのは ナターシャだった。
その謎の答えも、ナターシャは 既に瞬から教えてもらっていたのだ。

「マーマは、そんなことないって言ってたヨ!」
「そんなことないのかよ?」
星矢が重ねて問うと、ナターシャは こっくり力強く頷いた。
つまり ナターシャは、瞬から 教えてもらった答えに 一片の疑いも抱いておらず、その答えに完全に納得できている――ということなのだろう。

「この二人は、鎖と櫛と――物を贈ることには失敗しちゃったかもしれないけど、そのおかげで、自分がどんなに 相手のことを愛しているのかを伝えることはできたでしょう? 『大好きな あなたのためになら、私は私の大切な物を諦めることもできます。それくらい、私はあなたを愛しています』って、二人は自分の大好きな人に伝えることができた。素敵な贈り物でしょう? このお話の二人は、自分の大好きな人に、大好きな気持ちを贈ったんだよ。二人は愛を贈り合ったんだよ」
と、瞬は言ったのだそうだった。

「たとえば、ナターシャちゃんが氷河に素敵なカチューシャを買うために、自分の髪を切って売ったとする。その時 ちょうど 氷河は、ナターシャちゃんの長い髪に似合うリボンを買ったばっかりだったとする。ナターシャちゃんがナターシャちゃんの髪を切った理由を知った氷河が、せっかく買ったリボンが役に立たなくなっちゃったって、がっかりすると思う? せっかくリボンを買ってきたのに、どうして髪を切っちゃったんだって、氷河がナターシャちゃんを叱ると思う? 氷河は、そんなことしないよ。氷河は、ナターシャちゃんが自分のために髪を切ってくれたんだって、感動して泣いちゃうよ。もちろん、ナターシャちゃんの長い髪に似合うリボンを選んできたんだから、ナターシャちゃんの髪は長いままの方がよかっただろうけど、ナターシャちゃんは 氷河のために そうしたんだもの。氷河は、ナターシャちゃんの優しい気持ちを知って、それまでより もっとずっとナターシャちゃんを大好きになるよ」
と。

「“大好き”っていうのは、その人が欲しいものを知っていることでもあるんだよ――って、マーマは言ってタ」
『ナターシャちゃんは、氷河や お友だちに どんなプレゼントを贈ったらいいか、時々 考えてみるといいよ。実際に贈らなくてもいいの。考えてみるだけでいい。プレゼントは、物とは限らないよ。明るい笑顔だったり、『ありがとう』っていう言葉だったりする。僕は、ナターシャちゃんが、いろんな人たちが何をもらえれば喜ぶのかを考えることのできる人になってくれたら嬉しいな』
瞬は、ナターシャに そう言ったらしい。

瞬が どんなふうに――どんな表情で、どんな声で――ナターシャに そう告げたのか、その様子が 容易に想像できる。
容易に想像できることを、容易に想像して ほのぼのしていた星矢の泰平の眠りを破ってくれたのは、
「ソレデ、ナターシャは、とっても心配になったノ……」
という、言葉通りに心配そうなナターシャの声だった。
てっきり、ナターシャは、『ダカラ、ナターシャは、パパとマーマを喜ばせるために、これまでより もっと いい子になるヨ!』とでも宣言するのだろうと思っていたのに。

「心配になった……って、何が心配なんだよ?」
星矢が、紫龍と顔を見合わせながら尋ねると、ナターシャは 毛足の長い絨毯の上に ぺたりと座り込み、不安そうな目を、彼女のパパとマーマの仲間たちに向けてきた。
「ナターシャは、去年のクリスマスに、パパとマーマから 可愛いナターシャ人形をもらったノ。それで、とっても嬉しくて、次のクリスマスには ナターシャがパパとマーマに素敵なプレゼントしようって思ったんダヨ。それで、パパとマーマを うんと喜ばせようッテ。デモ、パパとマーマに直接、『何が欲しいの?』って訊いたら、ナターシャの計画がバレちゃうデショ。ダカラ、ナターシャ、パパにマーマが欲しがってるものを訊いて、マーマに パパが欲しがってるものを訊いてみたんダヨ」
「ナターシャ。おまえ、未就学児童とは思えない周到さだな」

星矢に褒められた未就学児童は、自分が星矢に感心されたことすら わからなかったらしく、
「ミシューガクジドーってナニー? ナターシャ、シュートーサも知らないヨ?」
と、星矢に尋ねてきた。
こういうところは、未就学児童相応なのである。
「ミシューガクジドーってのは、ナターシャみたいに小さい子供のこと。シュートーってのは、瞬みたいに、ミスがなくて完璧ってことだよ。それで? 氷河と瞬は何て答えたんだ?」
『シュートー』が悪いことでないのなら、殊更 拘泥するつもりはなかったらしく、ナターシャが 先を続ける。

まず ナターシャは、氷河に、
「パパはマーマの欲しいものを知ってる?」
と訊いたらしい。
氷河の答えは、
「かわいそうな子供のいない、平和な世界だろう」

次に、ナターシャは、瞬に、
「マーマは、パパが欲しいものを知ってる?」
と訊いた。
瞬の答えは、
「ナターシャちゃんが元気で、可愛い いい子でいることでしょう」
だったらしい。

ナターシャは賢いので、パパの欲しいものがナターシャだけでないことを、もちろん ちゃんと知っている。
「ダカラ、パパが欲しいのは、ナターシャとマーマで、マーマが欲しいのは、かわいそうな子供のいない平和な世界ナノ」
「うん。そうだろうな」
ナターシャが導き出した結論は、星矢の認識と合致していた。
未就学児童の身で、ナターシャは、自分の両親の真の望みが何であるのかを知っているのだ。
ナターシャは、実に稀有な未就学児童である。
問題は、世界でも稀有な存在であるところの未就学児童が、彼女のパパとマーマの仲間たちを、ひどく不安そうな色の瞳に映していることだった。






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