「お……男?」
無駄にドラマチックに瞬の名を絶叫しようとしていたのだろう司会者が、氷河の怒声の いちばんの驚愕ポイントを的確に切り取って、口にする。
瞬の反応は素早かった。

「すみませんっ !! 」
司会者に詫びを入れ、瞬は、氷河に掴まれていた腕を解き、逆に氷河の腕を掴んだ。
そして、
「氷河、来てっ」
これなら、攻守の切り替えがめまぐるしい武術系の種目でも高校日本一の称号を手に入れるのは容易だろうと確信できる軽快かつスピーディな身のこなしで、瞬が壇上から飛び降りる。
氷河の腕を掴んだまま、瞬は 人混みをすり抜け、ショッピングモールのメインストリートを疾走して、巨大ショッピングモールの建物の外に飛び出た。
それから、ごく普通にショッピングを終えてモールを出てきた買い物客を装って、息も切らさずも素知らぬ顔で、屋外広場の一般人の中に紛れ込む。
その二人を見失わずについてくる星矢と紫龍は、これまた超高校級の運動神経、身体能力の持ち主と言えた。

「なあ、やっぱり、俺たち五人でバスケのチーム組まねーか? 確実に 全国ベスト4までは行くからさ」
妙に楽しそうに仲間たちを追いかけてきた星矢の提案を、氷河は無視した。
もとい、氷河は 無視したのではなかっただろう。
氷河には、星矢の声が本当に聞こえていなかったのだ。
同性の仲間であるところの瞬が、もう少しで“ミス”クリスマスケーキコンテストで優勝してしまうところだった――という事実に衝撃を受けて。

「しゅ……瞬。おまえが なぜ こんなところにいるんだ。ラウンジに姿が見えなかったから、てっきり図書室で勉強でもしているんだと思っていたのに、あんな、ふざけた……!」
あまりに思いがけない事態に、氷河は、我も 後先も 前後も忘れ、混乱し、激昂していたが、今 彼の目の前にいる瞬は、いつも通りに遠慮がちで気弱げな表情。
力なく項垂れ、肩を落としている瞬に、氷河は 怒りが続かなくなってしまった。

幼い頃から 個性的で目立つ兄や仲間たちの陰に隠れ、瞬は いつも控え目で物静かだった。
兄や仲間たちに逆らうことも滅多になく、激することも ほぼなく、常に穏やかな笑顔を浮かべている瞬。
主に身体能力(だけ)で、人に勝り、目立っている仲間たちとは異なり、瞬は学業の分野でも優秀だった。
高校入学時から、校内での定期試験は常に学年トップ。
全学年共通の実力テストでも、1年で校内5位内に入る。
全国模試でも、すべての教科で全国50位内から落ちたことはない。
兄と違って、品行方正。生活態度も真面目で、人望もある。
容姿は端正。無欲恬淡。優しさと聡明が にじみ出る特別製の表情、雰囲気、佇まい。

外見でも、内面でも、運動能力でも、学業でも、人間性でも――競うものが何であれ、瞬は大抵の人間より優れている。
ゆえに、瞬が 可愛らしさを競うコンテストで優勝することを おかしなことだとは思わない。
だが、だからといって、ミスコンで瞬が優勝することを是とし、受け入れることは、氷河にはできなかったのである。
瞬は、それでも男子なのだ。
そもそも 氷河が知っている瞬は、自発的に そんなものに出場することを考える人間ではなかった。
ミスコンにエントリーするという行為自体、瞬のすることとは思えなかったのである。氷河には。

「そのリボンは何なんだ」
服は普通の白いワイシャツにグレイのパンツ。
だが、シャツの襟元には、平素の瞬なら 決して選ばない真っ赤なリボンが結ばれていた。
「コンテストへの参加条件が、身体のどこかに赤いアクセサリーをつけてることだったから……」
顔を上げずに、言い訳めいた口調で そう言って、瞬は赤いリボンを解き、外した。
「おまえが 世界で五指に入るほど可愛い人間だということは、万人の認めるところだと思うが、いくら参加条件を満たしていても、男子の おまえがミスコンに出るのはまずいだろう。優勝するに決まっている。そして、優勝したら、冗談じゃすまない」

この時点で、氷河は、瞬が自発的に ミスコンに応募したのだとは、毫も思っていなかった。
ショッピングモールでのミスコンなど、つまりは、民間主催・地域限定の お遊びイベント、ご町内のお祭りイベントのようなものである。
祭りを盛り上げるために力を貸してくれと 誰かに頼み込まれ、お人好しの瞬は すげなく断ることができず、結果として こんなことになってしまったのだろうと、氷河は思っていた。
だからこそ、彼は、
「もう少しで、優勝賞金の37万が手に入るところだったのに……!」
という瞬の呟きに、目を剥いてしまったのである。

「金目当て? おまえが?」
氷河は その点に驚いたのだが、星矢が引っ掛かったのは、
「何だよ、その半端な賞金は」
という点だった。
1日だけの、言うなれば ご町内の お祭りコンテストの賞金にしては高額なのだろうが、それにしても 37万は半端な額である。
氷河の疑念より 星矢の疑念の方が答えやすかったのか、瞬は、少し肩の力を抜いて、37万の説明を始めた。

「それは――毎月22日がショートケーキの日だってことを、星矢は知ってる? いつも、15日が――つまり、イチゴが上にあるから。だから――ショートケーキのイメージの人を選ぶコンテストだから、本体22万円と 上のイチゴを合わせて、賞金は37万。その37万円がパーだよ。どうしよう……」
星矢への説明が、そのまま氷河の疑念への答えにもなっていた。
瞬は金目当てで、自発的に、ミスコンに応募したのだ。
純白のクリーム、真っ赤に熟した赤いイチゴ。最もイチゴのショートケーキを彷彿とさせる美少女を選ぶミス・クリスマスケーキコンテストに。

氷河が絶句する。
彼は もはやバイトの面接など どうでもいい気分になっていた。
それは、星矢と紫龍も同様だったらしい。
「どーしてくれるんだよ。37万と おまえの赤いリボンのせいで、見事にバイトする気が失せちまった」
「俺たちのバイトより、おまえが37万が必要としている事情の方が、重要事案だ。おまえが金目当てにミスコン参加というのは考えにくい。よほどの事情があるんだろう?」
瞬の名誉のためというより、瞬が賞金目当てで自分の意思でミスコンに応募したという事実に自失している氷河を立ち直らせるために、紫龍が瞬に事情説明を求める。
「うん……」

瞬の心許無げな首肯。
瞬には、“よほどの事情”があるのだ。
氷河は、それで何とか、少しだけ、立ち直ることができたのだった。






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