ナターシャ姫一行が次に行ったのは、マウス王国の隣りにあるアップル王国。
アップル王国の主産業は、インフォメーションテクノロジー関係のあれこれ いろいろです。
アップル王国の王子様は、舞踏会だの花嫁募集だの、そんな面倒なことが嫌いな、どちらかというとオタク系、マニア系、ネクラ系、ある意味 最先端を行く王子様のようでした。
ナターシャ姫が、
「ナターシャです、こんにちは」
と、元気に はきはき ご挨拶をすると、アップル王国の王子様は びっくりしたように お城の柱の陰に逃げ込んでしまいました。
アップル王国の王子様は、ナターシャ姫より15歳くらいは年上の王子様だったのですけれどね。

「も……申し訳ありません。我が国の王子は、騒々しいことが嫌いというか、死の静寂を愛しているというか、つまり、生き生きしている人を恐がる癖がありまして……。家臣や国民には優しく、贅沢はせず、国の産業の育成発展に熱心で、決して悪い王子ではないのですが……」
アップル王国の王子様の従卒が 慌てて謝罪してきたのは、彼が自国の王子の無礼を心苦しく思ったからというより、自国の王子の奇矯な振舞いの噂が よその国にまで広まることを恐れてのことだったかもしれません。
ですが、パパ王様やマーマお妃様には 人の悪口を言いふらす趣味はありませんでしたから、それは杞憂というものです。

そもそも、家臣や国民に優しくて、贅沢はせず、国の産業の育成発展に熱心だなんて、それは一国の王子として、大変 好ましい優れた資質です。
国民の税金で婚活していたマウス王国の王子様に比べれば、アップル王国の王子様は ずっとずっと立派です。
パパ王様は、そう思いました。
だからといって、アップル王国の王子様を 可愛いナターシャ姫の彼氏として認められるかというと、それはまた 全く別問題でしたけれど。

パパ王様にとっては幸いなことに、
「毒リンゴを食べて死んだ姫君がいると聞いたので、私は これから森まで 見物に行くところです。ナターシャ姫も 一緒に見物に行きますか?」
という不気味な お誘いをしてくれたアップル王国の王子様に、ナターシャ姫は どん引き。
ナターシャ姫が どん引いたついでに、パパ王様はナターシャ姫とマーマお妃様を連れて アップル王国の国と王宮から逃げ出したのでした。



アップル王国の次に ナターシャ姫一行が向かったのは、スリープ王国。
スリープ王国の主産業は、ホームセキュリティとサイバーセキュリティ。
キャッチコピーは“安心と安全の眠りを あなたに”。
個人情報や組織の機密保護が世界中で声高に論じられている昨今、なかなか勢いのある国です。
国力が増しているから、その国の王室や王子様も立派で健全とは限りませんけれどね。
それに、スリープ王国は、個人、法人、国家等の顧客に自国のセキュリティシステムを売りつけておきながら、そのセキュリティシステムへの攻撃技術を顧客の敵対者に売りつけて 大儲けしているという、暗い噂のある国でした。
ちなみに、ライトヒル王国のセキュリティシステムは、マーマお妃様の独自開発で、鉄壁の防御力を誇っています。
スリープ王国製のセキュリティシステムより、安心で安全で、その上 開発費用も格安でした。

スリープ王国の王子様は、マウス王国の王子様に似ていました。
外見ではなく言動が。もとい、外見だけでなく言動も。
外見は、実は どこの国の王子様も似たり寄ったりでした。
ナターシャ姫のパパ王様やマーマお妃様のように 飛びぬけて美しいわけではなく、かといって 目を背けたくなるほど醜いわけでもない。
要するに、“可もなく不可もなく”。
一言で言えば、“無難”。
ただ、まとっている衣装が美々しいので、何となく王子様は 庶民とは違うような気がするだけなんです。

そういう意味では、マウス王国の王子様も アップル王国の王子様も スリープ王国の王子様も、“世界一カッコよくて強いパパ王様よりカッコよくて強くて、世界一綺麗で優しいマーマお妃様より綺麗で優しい王子様”というナターシャ姫の理想には ほど遠い王子様たちでした。
でも、もちろん、人間の価値は 外見で決まるものではありませんよ。

閑話休題。
本題に戻りましょう。
外見は他国の王子様と似たり寄ったりのスリープ王国の王子様は、マウス王国の王子様が そうしたように、マーマお妃様を見るなり、
「おお、なんと可憐な姫君!」
と歓声を上げて、マーマお妃様に まとわりつき始めました。
パパ王様が、オーロラエクスキューション発射の準備に取りかかったのも、マウス王国の王子様の時と同じ。
マウス王国の王子様の場合と違っていたのは、パパ王様を止めたのがマーマお妃様ではなく、悪鬼のごとく眉を吊り上げた一人の女性の、
「あなたーっ !! 」
という大音声だったことでした。

それは、なんと、スリープ王国の王子様のお妃様。
スリープ王国の王子様には、既に 立派なお妃様がいらっしゃったのです。
そのお妃様の訴えによりますと。
スリープ王国の王子様は、大変な浮気性の無責任男。
愛人だけなら まだしも、隠し子まで作って、お妃様は苦労ばかりさせられているのだそうでした。

数年前、スリープ王国の王子様は、ハードソフト両面で完全なセキュリティシステムの中で 100年眠り続けているお姫様がいるという噂を聞き、眠りっぱなしの お姫様が眠っている森に、研究のために出掛けていったのだとか。
そして、見事に 眠りの森のセキュリティを突破。
眠ったままのオーロラ姫に よからぬことをして、双子の子供を儲けたというのです。
ちゃんとした お妃様がいるのに!

しかも、お妃様に浮気がばれることを恐れて、暁の娘オーロール、太陽の子ジュールと名付けた二人の子供の養育費さえ払わずに、母子三人を眠りの森に放ったらかし。
スリープ王国の王子様のお妃様は、そのことを知るなり、オーロラ姫のところに養育費と手土産を持って、お詫びに行ったのだとか。
浮気の後始末を全部 奥さんに丸投げするなんて、とんでもない浮気王子です。
何より、我が子を放っぽっていたというのが、パパ王様の気に障り、一刻の猶予もならないという勢いで、ナターシャ姫一行は スリープ王国をあとにしたのでした。



次にナターシャ姫一行が向かったのは、レイク王国。
国内に美しく大きな湖を抱いたレイク王国の主産業は 淡水漁業。
ウナギやマス等の魚類、シジミ等の貝類、淡水パールの養殖と販売で生きている国。
海での漁業ほど危険がなく、養殖にも努めているので 資源枯渇の心配もなく、急激な発展が見込めない代わりに、国家存亡の危機もない レイク王国は、いわゆる安定成長の国でした。

レイク王国の王子様は、直接会う前から 望み薄でした。
ナターシャ姫たちは、レイク王国の王城に向かう途中の馬車の中から、レイク王国の王子様が、美しい湖の岸で、白鳥姫に愛を誓っているのを見掛けたのです。
ところが、その夜の舞踏会で、白鳥姫に愛を誓っていたレイク王国の王子様は、舞踏会にやってきた黒鳥姫に あっさり心変わり。
ナターシャ姫たちは、白鳥姫に愛を誓った数時間後に、今度は黒鳥姫に愛を誓っている王子様の姿を目撃することになってしまったのです。
ところが、黒鳥姫への愛の誓いを済ませる前に、レイク王国の王子様は マーマお妃様に気付いて、
「まさか、この世に こんなに美しい姫君がいたとは!」
と、マーマお妃様にダンスを申し込んできたのです。

レイク王国の王子様の あまりの尻軽振りに呆れて、パパ王様は オーロラエクスキューションの準備運動を始める気にもなりませんでした。



次にナターシャ姫一行が向かったのは、シレーヌ王国。
シレーヌ王国の主産業は 造船業。
昔は 大層 勢いがあったのですが、物資の輸送が船から鉄道に移行しつつある現在は 少々苦戦を強いられている国です。
そんなふうに、国は大変な時だというのに、シレーヌ王国の王子様は、船遊びが好きで、豪華な大型船を建造してばかりいるのだとか。
つい先日も、嵐の中で 船上パーティを強行し、船が大破。
海に投げ出され、溺れ死にかけて、誰かに助けてもらったばかりなのに、また大きくて豪華な船を建造しようとしているらしく、王子様の無駄使いに シレーヌ王国の王夫妻 及び大臣たちは 頭を抱えているのだそうでした。

金使いの荒い王子様を落ち着かせたい ご両親主導で、今は、隣国のお姫様との結婚話が進展中。
そんな時に、浜辺で 口をきけない裸の女の子を拾ってきたりする王子様に、ご両親は 困り果てているらしく、レイク王国の国王夫妻は、パパ王様やマーマお妃様に 延々 愚痴のおもてなしを始めました。
ナターシャ姫の理想の王子様を探しに来たのに、そんな愚痴を聞かされて、愚痴を言いたいのは こっちの方でしたけれどね。

隣国のお姫様と 浜辺で拾ってきた口をきけない女の子の間で、ふらふらしている優柔不断王子。
けれど、シレーヌ王国の優柔不断王子にも、いいところはありました。
シレーヌ王国の王子様は、隣国のお姫様と 浜辺で拾ってきた口をきけない女の子の間で、ふらふらするのに忙しく、マーマお妃様を見てもダンスを申し込んでこなかったのです。
シレーヌ王国の王子様は、白鳥姫と黒鳥姫とマーマお妃様に三つ股をかけようとしたレイク王国の王子様ほど、マルチタスクではなかったのでしょう。
おかげで シレーヌ王国の王子様は オーロラ処刑を免れ、命拾いをしたのでした。
シレーヌ王国の王子様は、マーマお妃様に ふらつかないだけでなく、ナターシャ姫にも気付いてくれませんでしたけれどね。






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