高校生の頃、大学でも、一応 彼氏と呼べるものはいたんだけど、私は パパやマーマに“今 付き合ってる人”を紹介したことはなかった。
本気で結婚する気に至っていない相手を パパに紹介して反対されて あたふたするのも 馬鹿らしいし、そんな騒ぎを起こすのは資源の無駄使いだって思ったから。
この場合の“無駄使いをしたくない資源”っていうのは、パパの時間やエネルギー、マーマの気遣いを指す。
彼氏もどきのことは、あんまり考えてなかったかも。
付き合ってほしいって言われて、断固拒絶する理由もないから付き合ってみただけの、まさにカレシモドキだったから。
パパとマーマみたいに、欠けた二つのピースが 1ミクロンのずれもなく ぴったり はまり込むような奇跡的運命的な出会いに巡り合えるカップルなんて、この世には ごく少数しかいないのかなー なんて思い始めていた頃、私にも一つの出会いがあった。

初めて 彼氏をウチに連れていった時は、パパの反対より、彼の気後れの方が問題だった。
「噂には聞いてたけど、び……美人のお母さん。と、迫力のお父さんだね。太刀打ちできる気がしないんだけど……」
嬉しそうに にこにこしてるマーマと、その隣りで一言も口をきかずにいるパパ。
気後れはしても逃げ出さなかっただけ、彼は立派よ。
彼は 私と同じで、特別な世界の住人じゃないのに。
私は彼を、
「マーマは私たちの味方についてくれるわ。パパはマーマには弱いから、きっと何とかなる」
って言って励ました。
そして、二人で力を合わせて パパと戦おうって、私たちは誓い合ったの。
私たちを庇ってパパと戦ってくれたのは、ほとんどマーマだったけど。

「なぜ、あんな普通で、平凡で、印象の薄い男がナターシャの恋人なんだ」
パパは いらいらしながら、そう言った。
パパをいらいらさせてる主原因が、
「“平凡すぎる”は、反対の理由としては弱すぎるだろう。もっと 有効な反対理由はないのか。いらいらする!」
だったのには、笑っちゃったけど。
「まず、反対ありきなの? そんな態度はよくないよ」

マーマの教育的指導は、
「俺とおまえの娘だぞ。俺とおまえの娘を独占できる男などいるわけがない!」
っていう、理屈になっていない理屈で 撥ねつけられた。

「優しくて、誠実な人だよ。氷河みたいに美しくはないかもしれないけれど、優しい目をしている。ナターシャちゃんを傷付けるようなことはしないと思うよ。氷河みたいに 苦労もかけないだろうし」
普通の人なら3日と耐えられないようなパパの我儘を 笑顔で軽く流せるマーマが言うと、重みを持つ言葉。
パパも それは承知してるらしくて――パパは 思い切り 言葉に詰まった。
平凡ってこと以外、パパが難癖をつけられないだけの好条件を、彼は備えてる。

マーマと同じ大学を出て、職業もマーマと同じ。
これだけでも、普通の家なら、三国一の婿殿扱いよ。
その上、
「お父様を早くに亡くして、母ひとり子ひとり。お父様の生命保険があったから、経済的には それほど苦労なさらなかったそうだけど、お母様を安心させたいので、なるべく早く家庭を持ちたいっていう考えでいるんだそうだよ。彼のお母様のためにも、意地を張るのは ほどほどにしてね、氷河」
これが決め手だった。
パパは大賛成して喜んではくれなかったけど、『絶対に反対だ!』と明言することもしなかった。

『母ひとり子ひとり』
『お母様を安心させたい』
『彼のお母様のために』
これで、パパの抵抗が続くわけがない。

「それにしたって、あの男、俺に似たところが何もないじゃないか。父親というものは、娘の恋人が自分に似ていると嬉しいものなのに、本当に何一つ……」
なーんて、ぶつぶつ文句は言ってたけど。
「この世に、氷河に似た人なんて いるはずがないでしょう」
マーマが諭しても、
「いくらなんでも無個性すぎないか。目の前にいないと、顔を思い浮かべることもできないぞ」
だの、
「俺たちが手塩にかけて育てた愛娘を、なんで、あんな平凡な男に」
だのと、いつまでも言い続けた。

それでも マーマが味方についてくれてたから、私たちは 何とか結婚式の日取りを決めるところまで 漕ぎつけることができた――んだけど。
パパが『やっぱり反対』と明言し始めたのは、ちょうど その頃。私がウェディングドレスの試着をした、まさに その日だった。
「反対しても、今更 結婚式を取りやめにはできないから、氷河は 安心して反対できるようになったんだよ」
って、マーマは楽しそうに言った。
マーマの言葉通り、私の結婚式は取りやめにはならなかった。
私の結婚式でパパが泣くかどうかを賭けてる星矢おじさんと紫龍おじさんが、賭けの結果を確かめるために、披露宴に出てくれた。
サングラスをかけてるのと外してるのとでは、どっちが披露宴のお客様を恐がらせないかを悩んで、一輝おじさんは 披露宴の直前までマーマと話し合ってた。

とにかく、過剰な演出は 一切無し。
思い出の編集ビデオだの、感謝の手紙の詠み上げだの、そんなのしたら絶対に出席しないって駄々をこねるパパの意向で、私たちの結婚披露宴は 泣かせの要素を完全排除の――結婚披露宴というより、オリンピックの壮行会みたいな会合だった。
私も彼も親戚は少なかったから、そんな 賑やかな式でも無問題。
友だちが パパやマーマと写真を撮りたがって、入れ替わり立ち代わり、すごい騒ぎだった。
一輝おじさんと写真を撮りたがる人が 男女共に多いのに、ちょっと びっくり。
まあ、普通に生きている人間には、一生に一度 会えるか会えないかのキャラだもんね、一輝おじさんは。

泣かせ演出は 断固拒否だけど、披露宴会場の出入り口付近での花束贈呈は、参列者を見送りする流れ上、どうしても必要なのだと言われて、パパもしぶしぶ それだけは承知してくれた。
花束はいらないって言い張るから、私と彼は 彼のお母さんとマーマにだけ花束を渡し、パパには――パパのタキシードのポケットチーフをもらって、代わりに小さな薔薇を一輪だけ挿した。
それすら嫌がる素振りを見せるパパに、
「今日も反対?」
って訊いたら、パパは無言でむすっ。

「許したら、氷河は、ここで号泣しちゃうから、反対したままでいさせてあげて」
マーマが そう言ったのは、私の隣りで気後れしてる新郎のためだったと思う。
それと、彼のお母様にパパの不愛想の言い訳をするため。
彼のお母様は、マーマにそう言われて びっくりして、それから 楽しそうに笑った。
彼のお母様も、異世界の住人である私のパパとマーマに気後れしていたのかもしれない。
マーマがずっとフォローしてくれてたけど、マーマの笑顔でも、パパの不愛想を完全に相殺することはできなかったんだ。
パパも さすがに彼のお母様に いらぬ不安を与えないように、ついに口を開いた。

「こんなところで泣くわけがないだろう。おまえと二人になってから、泣く」
「いっぱい、慰めてあげるよ」
良くも悪くも パパの最高の日になると、マーマが予言していた その日、パパが泣いたのか 泣かなかったのか、私は知らない。


良くも悪くもパパの最高の日。
その日を過ごし終えて、私は 油断していたんだろうか。
私は、この調子で、最後まで、すべてが うまくいくと思っていたのに。






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