「ナターシャ」
ナーちゃんのパパが 水色のワンピースのナターシャを抱き上げ、その右腕に座らせる。
「ナターシャちゃん、ありがとう」
ナーちゃんのマーマが、ナーちゃんを慰めていたナターシャを その場に立ち上がらせ、よその家のナターシャに『ありがとう』を言った。
ナーちゃんは、パパの腕で、びっくりしたようにパパの顔を見詰め、何も言えずにいる。

「ナーちゃんのパパとマーマ……?」
ナターシャは、不思議なことに慣れている。
ナターシャを立ち上がらせてくれたナーちゃんのマーマは、ナターシャに微笑んで、パパの腕に抱きかかえられているナーちゃんの方に向き直った。


「ただいま、ナターシャ」
びっくりして言葉もなく 瞳を見開いているナーちゃんに、ナーちゃんのパパが微笑む。
ナーちゃんのパパは、瞳だけで笑うのではなく、口許も一緒に ほころばせることができるようだった。
「ナターシャちゃん、いい子で待ってた?」
ナーちゃんのマーマが、ナーちゃんの髪を撫でる代わりに、ナーちゃんのワンピースの襟と裾の乱れを直す。
同じ“ナターシャ”のパパとマーマなのに、少し違う。
ナーちゃんは、それが自分のパパとマーマだということが すぐにわかったようだった。

「パパ……マーマ……」
ナーちゃんの瞳から、大粒の涙が ぽろぽろと零れ落ちる。
待って待って 待ち続けたパパとマーマ。
探して探して 探し続けたパパとマーマ。
ナーちゃんは、両腕でパパの首にしがみつき、これまでずっと言えずにいたことを、涙と共に一気に外に吐き出した。

「ごめんなさい! ナターシャ、お庭の銅像によじ登ったノ。一人で プラネタリウムに入ったこともあったノ。ごめんなさい。ナターシャ、悪い子だったノ……!」
「そうか」
ナーちゃんのパパが、空いている方の手で、泣きじゃくるナーちゃんの背中をぽんぽんと叩き、ナーちゃんのマーマが その手に自分の手を重ねる。
「ちゃんと ごめんなさいを言った子は、悪い子じゃなくなるんだよ。ごめんね。迎えに来るのが遅くなって。世界の平和を乱そうとする悪者が強くて、退治するのに時間がかかっちゃったんだ」
「だが、俺と瞬とで 悪者は退治した。俺たちは、もうずっと一緒にいられる。一緒に帰ろう」
「もう二度と、ナターシャちゃんを一人にしたりしないからね」

『俺たちは、もうずっと一緒にいられる』
『もう二度と、ナターシャちゃんを一人にしたりしないからね』
ずっとパパとマーマと離れていたから、ずっと一人きりだったから――パパとマーマの その言葉が、ナーちゃんには 何よりも価値のあるもので、何よりも嬉しいものだったのだろう。
「パパ! マーマ!」
パパとマーマと一緒にいるためになら、一人ぽっちにならないためになら、命もいらない。
そう言わんばかりに―― ナーちゃんは、パパの首にまわしていた小さな手に、更に強く力を込めた。

「待ってたノ! ナターシャは、パパとマーマがナターシャを お迎えに来てくれるのを、ずっと待ってたノ! ずっとずっと 待ってたノ! ナターシャは、パパとマーマに会いたかったノ! ナターシャは、パパとマーマに会いたかったんダヨ! ナターシャは……ナターシャは……」
声を振り絞り、涙を振り絞るように号泣するナーちゃんを見詰める彼女のパパとマーマの表情は、なぜか嬉しそうだった。
喜んでいるように見えた。
彼等は、彼等の娘に もう会うことはできないと思っていたのかもしれない。
ナーちゃんに会えて――彼等は とても幸せそうだった。

「ごめんね。遅くなって。さあ、僕たちのおうちに帰ろう。ナターシャちゃんが、僕たちを信じて待っていてくれたから、僕たちはナターシャちゃんのところに帰ってこれたんだよ」
「ナターシャのお手柄だ。やっと会えた。本当によかった」

この世界の氷河と瞬の身体を動かしていた意思と小宇宙が、頬を涙で濡らしているナーちゃんを包む。
ナーちゃんの身体は その輪郭が ぼやけ、少しずつ透き通り始めていた。
「ナタちゃん、ナターシャと遊んでくれて ありがとう。ナターシャは、パパとマーマとナターシャの おうちに帰るヨ! ナタちゃん、バイバイ!」

パパに抱きかかえられて、嬉しそうなナーちゃんの顔。
ナーちゃんが あまりに嬉しそうだったから――だからこそ ナターシャは 急いで氷河の許に駆け寄ったのである。
そして、ナターシャは 氷河の手にしがみついた。
自分のパパが ここに残っていることに ほっと安堵して、だが その手を握りしめたまま、ナターシャは 改めて、彼女のパパに抱きかかえられているナーちゃんの顔を見上げた。

ナーちゃんを その腕に抱きかかえているのは、ナーちゃんのパパ。
ナーちゃんとナーちゃんのパパの傍らに 笑顔で寄り添っているのも、ナーちゃんのマーマ。
ナターシャのパパとマーマは、ナターシャのいる世界にいる。
一人きりでいるナーちゃんの寂しさと、パパとマーマに再び出会えたナーちゃんの喜び。
その二つ共を、自分のものとして感じることができたからこそ、自分のパパとマーマの温もりを確認することが、ナターシャには何より重要なことだったのである。
何より重要なことを確かめて、ナターシャは笑顔になった。

「ナーちゃん、バイバーイ! よかったね、パパとマーマが迎えにきてくれテ!」
「アリガトウ! きっと、ナタちゃんも いつまでもずっとパパとマーマと一緒にいられるヨ!」
それが ナーちゃんが 最後にナターシャに掛けてくれた言葉だった。
どこの世界のナターシャにも、それが いちばん大事なこと。
いちばん大事なことがわかっているナーちゃんが、ナタちゃんの幸福を願って――それは、とても優しい別れの言葉だった。






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