冷たい氷の中に、ナターシャは閉じ込められていた。 身体を動かすことは全くできず、瞬きすらできない。 だが、ナターシャは恐くはなかったのである。 マーマは、もう少しだけ、じっと待っていれば、光がナターシャを迎えに来てくれると言っていた。 マーマの言うことに間違いはないと、パパはいつも言っている。 パパとマーマに絶対の信頼を置いていたナターシャは、だから、冷たい氷の中で じっと待っていたのである。 マーマの言葉は、もちろん正しかった。 遠くに小さな点のような白い光が見える。 それは少しずつ大きくなって、やがて ナターシャの全身をふんわりと包んだ。 眩しいほどの光があふれている、温かい世界。 悲しいことも、恐いことも、もう終わり。 『そこできっと、ナターシャちゃんは幸せになれるから』 マーマがそう言っていたのだ。 ここは、ナターシャが幸せになれる世界なのに決まっていた。 そして、ナターシャが幸せになれる世界には 必ず、強くてカッコいいパパと 綺麗で優しいマーマがいるのだ。 (きっと……きっと、いる……) 祈る気持ちで、ナターシャは、自分の手を もう一方の手で握りしめたのである。 誰かが、ナターシャに近付いてきた。 最初、ナターシャは、その人をパパに似ていると思った。 少し違うとも思った。 “パパ”と同じ青い瞳を確かめて、この人はパパだと確信する。 パパは、『もう恐いことなんかない』と言って、ナターシャを抱きしめてくれた。 『パパが、恐いことなんか全部やっつけてやるから』と言って。 すべては、“マーマ”が言っていた通り。 だから、ナターシャは、今度こそ すっかり安心して、“マーマ”に言われた通りにした。 『恐かったことは全部 忘れて。僕たちのことも忘れて』 すべてを忘れたナターシャに、パパは“パパ”と同じように、『ナターシャ』の名をくれた。 ナターシャの恐い夢は、そうして やっと終わったのである。 ナターシャが目覚めた世界は、“マーマ”の言葉通りの世界だった。 『もう恐いことなんかないんだ』 ナターシャに そう言ってくれたのは、パパだったのか。それとも もう一人の“パパ”だったのか。 “マーマ”の言うことを聞いて、すべてを忘れたナターシャには、それは わからなかった――わかる必要もなかった。 パパは“パパ”なのだ。 強くてカッコよくて口下手で、マーマの言うことを ナターシャより よく聞く、いい子の“パパ”。 ナターシャの大好きなパパが、そこにいた。 ナターシャは、恐い夢を見なくなった。 |