努力で――意思で、愛を大きく育てることができないように、努力や意思の力で、愛の心を消し去ることはできません。
人の中から愛の心を消し去ることができるのは、“隠者”と呼ばれる者だけでした。
隠者というのは、一般社会との関係を絶ち、町ではなく荒野で生活する人。
ピュシスの身分制から外れて、人と交わらずに生きている人。
慈悲の心を持たない人のことです。
今、ピュシスの国に、隠者は一人しかいません。
名前をシャカといいました。

愛が何よりも価値あるものだとするピュシスの国。
けれど、一つの世界には 違う価値観を持つ者も必要だと考え、特別な修行をして、自分の慈悲の心を自ら消し去った人間。
シャカは、そういう人間でした。
シャカは、人間への愛は持っていないけれど、世界への愛は持っている――という点で、ピュシスの最下層民とは違う存在なのです。
そういう人を、ピュシスでは、隠者と呼んでいました。

隠者であるシャカは、ピュシスの社会の中で暮らすことはできませんから、町の外――荒野で、ほとんど 乞食のような暮らしをしていました。
雑草すら 生きていくことのできない乾いた土しか存在しない荒野。
布一枚だけの粗末な衣服。
食べ物も ろくに食べていないのでしょう。その身体は骨と皮だけでできているよう。
けれど、金色の髪は豊かで美しく、そのため彼は 全く みすぼらしくは見えませんでした。
シャカは、瞬の望みを聞くと、こういう時のために隠者はいるのだと言って、瞬の望みを叶えるために彼の力を貸すことを約束してくれました。

“天舞宝輪”という技を用いて、瞬から愛の心を剥奪する――と、シャカは言いました。
「勝負は、天舞宝輪で、私が君から愛の心を消し去った一瞬で決まる。その一瞬で すべての異世界人を撃退しないと、君から愛の心が消え去ったことに気付いたピュシスの天なる愛の意思が、即座に君から君の強大な力を奪うだろう。私が君から愛の心を奪った後、ピュシスの愛の神が 君から力を奪う前。その時間は おそらく1秒にも満たない一瞬だ。その一瞬で、この世界に存在している異世界人をすべて殲滅しろ」
それができなければ、君は君の計画は失敗に終わる――と、シャカは言いました。

「僕は、できることなら、異世界の人たちを傷付けたり 命を奪ったりすることなく、ただ静かに異世界に戻ってもらうだけにしたいんです」
瞬の希望を、
「そんな のんびりしたことを考えていられるのは、君の中に 愛の心が残っているうちだけだろうな」
シャカは、鼻で笑いました。
「愛の心がなくなれば、迷い ためらうこともないだろうが、ともかく一瞬が すべてを決するということを忘れぬことだ」
シャカは、勝負は一瞬だと、繰り返し念を押し、そして、瞬から 瞬の愛の心を剥奪しました。
何もない荒野。
瞬と共にシャカを訪ねてきた氷河の目の前で。

愛の心を消し去られた瞬は、異世界人たちが 滅ぼすべき敵にしか見えませんでした。
瞬の強大な力がピュシスの世界全体を覆い、その力によって、すべての異世界人は一瞬で 命を奪われました。
肉体も心も―― 一瞬で、すべてを消滅させられてしまったのです。
何が起こったのかを 氷河が理解する前に、すべては終わっていました。
異世界人たちは一掃され、ピュシスには 元の秩序と平穏が戻ったのです。






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