「パパとマーマとずっと一緒にいるのがオヤコーコーなら、ナターシャ、大得意ダヨ! ナターシャは、宇宙一のオヤコーコーの天才になれるヨ!」 宇宙一の孝行娘になりたいナターシャの意気込みは嬉しいが、親孝行は目的でなく結果である(べきである)。 そして、親孝行は親が求めていいものではない。 また、一般的に 正しいとされる親孝行は、“子が 親とずっと一緒にいること”ではなく、“子が 親から自立すること”である。 パパとマーマとずっと一緒にいたいと望むナターシャの心を傷付けないように、瞬は さりげなく、氷河とナターシャの約束をなかったものにするべく、ナターシャに働きかけていったのである。 「あのね、ナターシャちゃん。親孝行は、あんまり頑張らなくていいんだよ。ナターシャちゃんは、元気で幸せでいてくれれば、それだけで世界一 親孝行。本当はね、可愛くなくても、優しくなくても、悪い子でも、僕たちより長生きしてくれれば、それだけで、すべての子供は親孝行なんだよ」 「エ……」 宇宙一 親孝行な娘になろうと気負っていたナターシャは、瞬に急に親孝行のハードルを下げられて、気が抜けてしまったようだった。だが、すぐに、ひどく難しい顔になる。 「ナターシャは、パパとマーマよりナガイキしたくないヨ!」 「え? でも、ナターシャちゃんが長生きしてくれないと、僕たちは困るなあ」 「ナターシャは、死ぬ時もパパとマーマと一緒がイイ」 そう告げるナターシャの目は、真剣そのもの。ナターシャは、全く笑っていない。 ナターシャは、本気で それを望んでいるようだった。 氷河と出会う以前、氷河に『パパが、怖いことなんて 全部やっつけてやる』と約束してもらい、優しく 抱きしめてもらう以前、ナターシャの記憶の中のナターシャは たった一人である。 以前の彼女に、彼女の家族や友だちの記憶はない。 今のナターシャには、『パパに会う以前のナターシャは孤独だった』という記憶しかないのだ。 パパより長生きするということは――パパが死んだあともナターシャが生きているということは――彼女が“孤独なナターシャ”に戻ること。 そう、ナターシャは思っている。 ナターシャは、自分が 再び 一人ぽっちになることを恐れているのだ。 だが、そんなことはないのである。 今のナターシャにはパパとマーマ以外にも、ナターシャを愛し、ナターシャの身を案じている人が たくさんいる。 ナターシャは、これから たくさんの友だちや仲間を増やしていくこともできる。 パパより長生きしても、ナターシャは決して一人ぽっちにはならない――。 そう言って、ナターシャの気持ちを引き立たせようとした瞬を、氷河は こういう時だけ意味なくクールに情け容赦なく 邪魔立てしてくれた。 「そうだな。よし、じゃあ、俺たちが 死ぬ時には、俺と瞬とナターシャで、いちにのさんで、まとめて フリージングコフィンの中に閉じこもることにしよう。ナターシャは、ナターシャの いちばん好きな服を着て、可愛いポーズを決めて、永遠に融けない綺麗な氷の中に、俺と瞬と三人で閉じこもってしまうんだ」 「それがいいヨ! ナターシャ、パパに大賛成ダヨ!」 ナターシャが、嬉しそうに パパの首に両腕を絡めて しがみつく。 一人になることより、パパとマーマと一緒に死ぬ方が、ナターシャは恐くないし、嬉しいと感じてしまうのだ。 それほど、ナターシャは孤独を恐れている。 瞬は、今は、ナターシャの希望の死に方を否定することはできなかった。 いつまでも一緒にいたいからといって、ナターシャをフリージングコフィンの中に閉じ込めるようなことが、氷河にできるわけがない。 そして、“その時”は まだ訪れない――ずっとずっと先のはず。 今は――今は、“その時は、パパとマーマとナターシャで三人一緒に”のままで。 瞬は、そう考えて、嘆息混じりの微笑を作った。 「その時には、ナターシャ、このお雛様人形を持って、フリージングコフィンされるヨ」 「花を散りばめたフリージングコフィンもいいが、ナターシャの傑作と一緒のフリージングコフィンもいいな」 「フリージングコフィンの中に、パパとマーマとナターシャの お雛様人形を いっぱい並べて、ナターシャたちが死んじゃったあとも、みんなが パパとマーマとナターシャの お雛様人形を見れるようにしてあげようヨ!」 「フリージングコフィンの中のナターシャの雛様人形美術館か。お洒落で粋だな」 「オシャレで生き生きしてるヨー!」 死ぬ時の計画を、生き生きと 楽しそうに話し合っている この父娘につける薬は、おそらく ない。 世界最高レベルの高度先進医療技術を駆使しても、この二人の病の根治は不可能。 これは、間違いなく不治の病である。 医師として、瞬は、苦渋の診断を下し、非情に残念な告知を行わなければならなかった。 そんなふうに、幸せだったのである。 ナターシャと彼女のパパとマーマは。 血のつながっていない疑似親子。偽りの両親と娘。 だが、だからこそ、あれほど強く、愛だけで結ばれた幸福な家族はなかった。 あの頃は そう信じていたし、今でも、瞬は そう思っている。 |