瞬の兄が 氷河の館に乗り込んできたのは、その翌日のことでした。
モスコヴィア大公位を継いでから、1年の半分ほどを 都ではなく領地で過ごすようになっていた瞬の兄(彼は女帝陛下の ご機嫌取りが苦手なのです)。
彼は 今朝 都に入ったばかりということでしたから、瞬の身に何か起きたのかと、氷河は慌てたのですが、どうやら そういうことではないようでした。
いつも怒っているような顔をしている一輝は、今日も怒っているような顔で、
「瞬から、おまえには好きな姫君がいると聞いて来たんだが。おまえには本当に好きな姫君がいるのか。世界一 美しい姫君だと聞いたぞ」
と、訳のわからないことを訊いてきたのです。

一輝は、氷河が瞬に恋していることを知っているはずでした。
だから いつも、特に自分の前で 不機嫌な顔をしているのだと、氷河は思っていました。
その一輝から、訳のわからない(“今更な”という意味で、訳のわからない)質問。
氷河は、一輝の振舞いを、思い切り訝ったのです。
「瞬のことだ。瞬は、自分のことだとは思わなかったらしいが」
今更 隠したところで どうなるものでもない。
その点を はっきりさせて、自分への一輝の風当たりが 今より強くなったとしても、それこそ“今更”。何も変わらない。
いっそ、なぜ 一輝が 瞬に恋する男を毛嫌いするのか、問い詰めてやりたい。
その程度の気持ちで、瞬への思いを告白した氷河を見る一輝の目が、いつもと違っていました。

「おい、一輝。どうかしたのか? 本当に、瞬の身に何かあったわけではないのか?」
「……瞬は息災だ。いつもと変わらん」
そう答える一輝の声が、いつもの一輝の声ではありません。いつもの怒りの響きがありません。
では いったい何をしに来たのだと、氷河が再度 問う前に、一輝は辞去の挨拶もせず、無言で 氷河の館の客間を出ていってしまったのでした。






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