エスメラルダは、いったん アテナ神殿に帰した。
パパは人探しの名人だと、瞬に自慢したいナターシャは、その対応が大いに不満そうだったが、
「エスメラルダが見付かったことを 瞬に内緒にしておけば、エスメラルダが見付かったと知らせるまで、瞬がナターシャのところに遊びに来てくれるだろう? エスメラルダが見付かったことを瞬に知らせれば、瞬はエスメラルダをつれて 自分の家に帰って、ナターシャのマーマになったことを忘れてしまうかもしれない」
という説得で納得してくれた。
「リョーカイダヨ。マーマが パパとナターシャのおうちに来てくれなくなったら、きっとパパはしょんぼりして、一生懸命働かなくなっちゃうもんネ」
「ナターシャは何でも お見通しだ」
「アッタリマエダヨ!」

ナターシャは、自分のための嘘はつかないが、パパのための嘘には罪悪感を覚えない子だった。
ナターシャは、パパの幸せ至上主義者で、パパを幸せにすることが ナターシャの生き甲斐なのだ。
それが いいことだとは思わないし、ナターシャの そんな価値観を いつかは正さなければならないとも考えていたが、それが“今”であってはいけないことも、氷河は承知していた。



氷河がナターシャを説得した通り、エスメラルダを見付けたことを知らせずにいる氷河とナターシャの許に、瞬は しばしば遊びに(?)来てくれた。
『まだ 見付からないのか』と責めるでもなく、急かすでもなく、時にナターシャのためのリボンや菓子を持って。

瞬は本当に ナターシャと仲良くなりたくて、彼女の許に通ってきているようだった。
そして、瞬とナターシャが仲良くなっていくのを見ているのは、氷河にも楽しいことだった。
なにしろ、パパの幸せ至上主義者 ナターシャは、すべてを心得ている。
「アノネ。パパは、ナターシャの ほんとのパパじゃないんダヨ。マケドニアとテッサリアで戦争があった時、ナターシャは 何もかも忘れて、テッサリアの原っぱを一人で歩いてたノ。パパは、ナターシャを見付けて、必ずナターシャを守るって、言ってくれたノ。その時から、パパはナターシャのパパになってくれたんダヨ。ナターシャ、パパに会えて、ほんとによかったヨ。パパに会えてなかったら、ナターシャ、今頃、テッサリアの原っぱの お花になってタヨ」
「ナターシャちゃん……」

壮絶この上ない話を、ナターシャは明るく語る。
それがかえって胸に迫ったらしく、瞬は 明るく元気な少女を抱きしめ、その髪を撫でた。
マーマと仲良くなりたいナターシャは、マーマの撫で撫でに 超ご機嫌である。
「ナターシャちゃんのパパは、とっても優しいんだね。氷河が ナターシャちゃんを見付けてくれて、本当によかったよ。さすが人探しの名人」
「パパは とっても優しいヨー。パパはマーマにも うんと優しくしてくれると思ウ。パパと一緒にいると、ナターシャもマーマも すっごく幸せになるヨ。だから、マーマ。いつまでもパパとナターシャと一緒にいようネ」
「うん……そうできたらいいね」

生真面目で、子供相手にも嘘をつきたくない瞬は、たとえ ナターシャを喜ばせるためにでも、『うん。ずっと一緒にいようね』と、軽々しく約束するようなことをしない。
瞬の誠実は、氷河の目には とても好ましいものに映ったのである。
瞬とエスメラルダ。
置かれた立場や与えられた才や境遇は異なるが、異なる立ち位置で それぞれに誠実に生きようとしている二人の澄んだ瞳の持ち主を、決して傷付けることなく 事態を丸く収めるには どうすればいいのか。
エスメラルダの誓いを無効にする方法を、氷河が考えあぐねている時。
アテナ神殿にいるエスメラルダから、アクエリアス人探し屋の氷河に、人探しの依頼があった。






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