ドラゴン・ウォーターとは名ばかりの烏龍茶しか飲んでいないのに、星矢は、ドラゴン・ウォーターとは名ばかりの紹興酒ばかり飲んでいた氷河や紫龍より、はるかにハイテンションな酔っ払いだった。 星矢がいるといないとでは、会食の雰囲気が、格調高い宮廷晩餐会と 大学生のサークルの飲み会ほどに違う。 星矢たちと別れ、賑やかなメンバーのいない家に戻ると、一人ではないのに、そこは静かで――ひどく静かに感じられた。 だから、瞬は心配になるのだ。 氷河が、そんな瞬の肩を抱き寄せる。 「だから、誰を失っても、俺は生きていられるんだ。心配いらない」 「本当?」 「俺はアテナの聖闘士だからな」 「うん……」 「俺には、生きて戦い続ける理由がある。そして、おまえがいる。おまえがいてくれれば、俺が生きていられることはわかっている」 「僕は死なないよ。氷河の仲間たちは決して死なない。氷河は、絶対に一人にはならない」 「なら、問題はない。何を失っても、どれほど傷付いても、生き続け、戦い続けるのがアテナの聖闘士だ。大丈夫」 おそらく、氷河の言う通りなのだろう。 母を失っても、師を失っても、氷河は必ず立ち上がり、立ち直り、生きることを選び、戦うことを続けてきた。 自分が心配しすぎなのだ。 氷河を そこまで“弱い”と信じているわけではないのだが。 「だが、おまえが どうしても かわいそうな俺を慰めたいというのなら、俺は いくらでも、喜んで、おまえに慰められてやるぞ」 瞬の肩を抱いたままの態勢で、氷河が自分ごと 瞬の身体をベッドの上に引き倒す。 その勢いに任せて身体の向きを変え、瞬の上に のしかかってきた氷河の背に、瞬は腕をまわしていった。 瞼を伏せ、瞬は、氷河の愛撫に我と我が身を任せようとしたのである。 だが、瞬は そうすることができなかった、 瞬の視界の端に、とんでもないものが引っ掛かってきたせいで。 光が丘のマンション。 別階には瞬の部屋があり、そちらにもベッドがある。 氷河と瞬は生活のサイクルも微妙に ずれているのだが、一人の時も二人の時も、眠るのは ほぼ氷河の寝室。 その寝室に、氷河と瞬以外の人間がいたのだ。 「えっ」 あの少年――姿は無個性だが、視線は強く激しく挑戦的。 あの少年が、強く激しく挑戦的な視線を、氷河と瞬に向けている。 まさか、こんなところにまで。 まさか、こんな場面にまで。 羞恥で狼狽するほど幼くはないが、平然と行為を続けられるほど厚顔でもない。 「氷河っ」 こういう時、短い一瞥で すべてを了解してくれる恋人は 有難い存在である。 異次元からの来訪者か、冥界から蘇ってきた亡霊か。そもそも実体があるのか、幻影なのか。 それすらも確かめていなかった謎の少年。 追いかけたのは、氷河だった。 単純な光速移動ではなく、別の次元に移動しようとしたところを、その直前で捕まえた――と、氷河は言った。 「何者だ? この世界の外に出る能力は備えているのに、動きが遅い。俺たちの敵にしては お粗末だな」 氷河の凍気の輪に捕まって動けない少年は、確かに アテナの聖闘士の敵――それも黄金聖闘士の敵としては、少々 力不足である。 にもかかわらず、次元移動はできる。 となると、彼には 相当の力を持つ加護者がついているに違いない。 その加護者が 黄金聖闘士たちの夜の営みを探ってくることを命じたのだとは思えなかったが。 窃視者自身に力がないという理由で、油断はできない。 瞬は用心して、万一のことがあっても被害が発生しないよう、氷河の部屋から移動できる亜空間を、別に作った。 |