明るく、遮るもののない場所で、正面から まじまじと見ると、その窃視者は、身体は ほぼ成人のそれだが、思っていた以上に 幼い表情をしていた。
瞬は、16、7歳と踏んでいたが、もしかしたら15歳前後ということもあり得る顔つきである。
子供の罪は、5割減。
瞬の考えを見透かしたように、氷河が忠告を投げてきた。
「見た目で判断するのは、やめておけ。一輝が15歳の時、奴は40男に見えた。今の星矢は、見た目年齢は十代だ」
「イッキ……」

その名に反応を示すところを見ると、彼は瞬の兄を探して、一輝の仲間たちの周辺に出没していたのだろうか?
「君は誰? 目的は何? なぜ僕たちを――」
「悪いが、俺は黙秘させてもらう」
「何が黙秘だ。これから いいところというタイミングで、よくも邪魔してくれたな。色気づいたエロガキが」
「俺だって、まさか、アクエリアスとバルゴが あんなことを始めるとは思ってなかったっ!」
氷河の挑発は、実に効果的だが 品がない。
だが、おかげで、問題の少年が 氷河と瞬を黄金聖闘士だと知った上で、二人の周辺を探っていたことがわかった。

「俺たちが何者なのかは知っているが、俺たちの関係は知らなかったのか? 続きが見たいなら、見せてやらんこともないぞ。色気づいた青少年」
「そんなの、誰が見たいもんかっ。何が 歴代最強黄金聖闘士だよ! んっとに、誰が そんなこと言い出したんだよ! ただの色ボケ。ただのド助平じゃないか!」
「俺は、ただの色ボケでも ただのド助平でもない。かなりの多淫で、相当の絶倫だ」
「自慢すんなっ! アテナの聖闘士の面汚しがっ」
「ツラも、貴様の平凡で退屈なツラより、俺の顔の方が はるかに出来がいい」
「聖闘士の価値は、顔で決まるもんじゃないだろ!」
「小宇宙も、俺の方が上だ」
「……」
氷河の挑発は、低レベル(巧み)すぎる。
そこに しっかり乗せられてしまう謎の青少年の年齢は、確実に15歳以下だった。

「僕たちが歴代最強の黄金聖闘士だと、どこの誰が――いつの誰が言っているの」
瞬が駄々っ子を あやすように尋ねると(駄々っ子を あやすのには、瞬は、仕事でもプライベートでも慣れていた)、いつのまにか 色々な情報を白状させられている自分に立腹したように、青少年は あの独特の視線で瞬たちに噛みついてきた。
「みんなが言ってるよ! あんた等は、これから、歴代最強の黄金聖闘士と言われるようになるんだ」

ハーデスとの聖戦だけでなく、ポセイドンの海闘士たちとの戦い、北欧アスガルドの神闘士たちとの戦い、争いの女神エリス、更には異世界の聖域。
一つの時代、一つの世代に、これほど強大かつ大掛かりな勢力が、これほど ひっきりなしに、地上世界に襲いかかってきたことはない。
そして、それらの脅威を すべて撃退し、かつ 生き延びた聖闘士たちは、他に例がない。
未来の聖域からやってきた(と、彼は自己申告した)青少年は、そう言った。
それは 地上の平和を守ることを第一義とする聖域関係者が悔しがるようなことではないと思うのに、ひどく悔しそうに。

「君が どれほど未来からやってきたのか、本当に未来からやってきたのかは わからないけど、君の時代まで 世界と聖域が存続しているのなら、僕たちの後代の聖闘士たちも 地上を守ることができたということでしょう? 誰が強いとか、どの世代が優れているとか、そんな評価に意味はないと思うけど」
瞬は、過剰に へりくだったつもりも、さほど おかしなことを言ったつもりもなかったのだが、青少年には それが かえって癇に障ったらしい。
彼は(まなじり)を決して、瞬と氷河に牙を剥いてきた。

「意味があるとか、ないとか、そんなことはどうでもいいんだよ! 俺は、俺の先生こそが最強で最高の黄金聖闘士だと思ってる。その証拠を手に入れて、聖域の みんなに知らしめたい。そのために、こんなところまで来た。歴代最強と言われてる あんた等が どれほど強くても、どれほど優れた人格者たちでも、俺の先生ほどじゃないはずだって、期待と不安 半々で、恐る恐る 俺は この時代にまでやってきたんだ! なのに……!」
「なのに?」
彼の憤怒のわけが、瞬には聞く前から わかっていた――わかるような気がした。
そして、案の定。

「なのに、実際に見てみたら、アクエリアスは ただの助平な甘ったれだし、バルゴは質の悪い甘やかしだし、ライブラは ただの世話好きの お節介焼きだし、セイヤなんか、大食らいの お祭り男で――何が歴代最強だよ !! 」
「あ、それは……」
尊敬してやまない自分の先生が、ただの助平な甘ったれや 質の悪い甘やかし、世話好きのお節介焼きや 大食らいの お祭り男ほどではないと思われていることが、彼は腹立たしくて悔しくてならないのだ。
その瞳に、悔し涙が にじむほどに。
聖衣を身にまとっていないということは、有望ではあるにしても、彼自身はまだ聖闘士志願にすぎないのかもしれない。

「僕たちが歴代最強の黄金聖闘士と言われることが気に入らない――って、君は聖闘士なの? 黄金聖闘士……じゃないよね」
彼の言葉が真実なら、彼は時を遡って過去にやってきたことになる。
彼には、時の神クロノスと クロノスに助力を頼める神(おそらくアテナ)の加護があるのだろう。
瞬には、彼の実力が どの程度のものなのか、その見極めが難しかった。

「俺が黄金聖闘士なわけないだろう! 黄金聖闘士は、俺の先生だ!」
「もしかして、アクエリアス?」
ほとんど反射的に、瞬が そう問うたことには どんな根拠もなかった。
まさに“反射”だった。
青少年は、問われたことには答えず、
「俺の先生が歴代最強で最高の黄金聖闘士なんだ」
と、それだけを答えてくる。

「自分の先生がいちばん――って、アクエリアスのお家芸なのかな」
明答は得られなかったが、そうなのに違いないと決めつけて、瞬は笑った。
アテナの聖闘士の敵でないのなら――未来の聖闘士は(志願者のまま終わるとしても)可愛い後輩である。
彼を鼓舞してやるのが先達の務めというものだろう。
「聖闘士に限らず、人間の強さを比較して ランク付けすることに意味はないよ。聖闘士の戦いには、戦う相手との相性もあるし、コンディションも日々 違う。僕たちが 本当に歴代最強の黄金聖闘士たちだと言われているのなら、それは単に、僕たちが 互いのことを知り尽くした“仲良し”だからだと思うな」
「仲良しだからぁ !? 」

青少年は、それをふざけた答えだと思ったらしい。
馬鹿にされ、からかわれたのだと思ったらしい。
そういう顔をした。
だが、瞬は 大真面目だったのである。
自分たちが歴代最強の黄金聖闘士と言われているのなら、他に要因は考えられない。

「聖域って、いつも内紛が多いから。僕が知っている範囲に限られるけど、黄金聖闘士って自信家が多くて、お友だちと仲良しこよしすることがないからね。孤独や孤立を恐れないし、仲間に頼ることもしない。その点、僕たちは、事あるごとに、当たりまえのことみたいに、仲間に甘え頼るから。でも、だからこそ、どんな問題も早く解決するし、どんな試練も比較的 容易に乗り越えられるんだよ」
「黄金聖闘士が、甘えるとか、頼るとか――」
あり得ないのだろう。
彼の時代には。
おそらく、それは 過去でも未来でも 稀有なことなのに違いない。
だが、瞬には、自分たちが 他の時代の黄金聖闘士たちより高い評価を得る要因を、他には何も思いつけなかったのだ。

「だから、もし君が、君の先生を最強最高の黄金聖闘士にしたいのなら、先生の仲間たちと仲良くすることを提案してみたらどうかな。もちろん、君自身も 強くなって、君の先生と支え合い助け合える仲間になれるよう――」
自分は そんなに実現の難しいことを言っているだろうか。
青少年に提案しながら、瞬は訝っていた。
瞬が言葉を重ねるほどに、青少年の顔が青ざめ、険しくなり、強張り、殺気すら帯びてくる。
これ以上 言葉を重ねるのは危険だと判断し、瞬は言葉を途切らせた。

しばしの沈黙のあと、
「なんで、そんな無理 言うんだよ……」
という、小さな かすれ声が届けられる。
それは無理なことでも、実現不可能なことでもないと思う。
だが 瞬は、自分のその考えを言葉にすることはしなかった。
しなくてよかった。
青少年が、更に かすれを増した声で――声というより、ほとんど吐息といった方がいいような声で、
「俺の先生は死んだんだ」
と、言葉を喉の奥から絞り出してくる。

瞬は、無理なこと、実現不可能なことを言っていたのだ。
氷河が 眉を曇らせる。
未来からやってきたという青少年が、彼には 他人に思えなかっただろう。
「俺のせいで死んだんだ。敵を倒すためじゃなく、俺を庇って」
「あ……」
「馬鹿だって思う。なんだって、いつまで経っても青銅聖闘士にすらなれない俺なんかのために――。俺は、出来の悪い弟子だったんだ。何かっていうと、先生に逆らって、生意気で、どうして もっと素直に先生の指導に従わなかったのかって、今頃 思ってもどうしようもないことを、今になって思ってる、すこぶるつきの馬鹿弟子だ。その馬鹿弟子のために死ぬ先生も馬鹿だ。馬鹿だけど――すごく馬鹿だけど、でも、俺の先生は強くて優しくて、最高で最強の黄金聖闘士だったんだよ! そう言われるべきだと思ってる。なのに、歴代最強最高っていうと、いつもあんたらが出てきて、邪魔なんだよ!」

青少年の、全く論理的でなく、合理的でなく、むしろ支離滅裂な剣幕に、瞬が(おそらく氷河も)あっけにとられたのは一瞬。
一瞬だけだった。






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