「みんなは、5兆円あったら、どうする? どう使う?」 最初に訊いたのは、殺生谷での戦いが終わった頃。 僕が、やっと再会できた兄さんを失ったと思っていた頃だった。 兄さんを失ったことに傷付き 打ちひしがれていた僕が、やっと 兄さん以外のことを考えることができるようになった。 そう考えて、みんなは、僕の突拍子のないIF話に付き合ってくれたんだと思う。 「5兆円? 普通は5億円だろう」 と答えてきたのは紫龍。 おそらく、それが 普通の人間の生涯賃金の上限と考えてのことだったろう。 あるいは、日本の宝くじの当選金の相場が数億円だからだったのかな。 5億円が、この手の例え話の標準だと、紫龍は訂正を入れてくれたんだ。 でも、残念ながら、その訂正には あんまり意味はなかった。 だって、僕のIF文に対する星矢の答えときたら、 「とりあえず、500円分、あんパン買うかなあ。1個100円として5個。それくらいが、一度に食える限界だろ」 だったんだから。 一生分を欲しいと思わないところが星矢らしい。 星矢にとって大事なのは、いつだって“今”。 5兆円分、500億個の あんパンを買ったって、499億9999万9950個くらいは、食べる前に悪くなっちゃうよね。 だから、5兆円あっても、“今”の星矢に必要なのは 500円だけなんだ。 そして、氷河。 氷河は、 「おまえのためのハンカチを1枚だけ買う。残りは何の役にも立たないから捨てる」 と言った。 氷河の答えを聞いた途端、僕の瞳からは涙の滴が零れ落ちた。 ぽろぽろぽろと、次から次に。 だって、氷河が泣いてもいいって言ってくれたから。 5兆円あっても、失われた命を取り戻すことはできないと、残酷な事実を教えてくれたから。 僕には、僕のことを案じてくれる仲間がいて、その仲間が 僕の涙を拭いてやりたいと思っていることを教えてくれたから。 それまでずっと泣くのを我慢していた僕は、氷河の その言葉のおかげで、思い切り泣くことができて――泣いて、泣いて、そして 立ち直ったんだ。 僕が、常軌を逸した兄さんの不死身振り(復活癖と言うべきかな)を知らなかった頃の、今となっては 笑うしかない ささやかなエピソード。 『男なら泣くな』って言う人や、『泣いても、どうにもならない』って言う人は たくさんいたけど、『泣いていいよ』って言ってくれたのは氷河だけだった。 あとで聞いたら、 「俺も 泣いて乗り越えてきたから」 だって。 みんな、そうなんだ。 みんな、悲しいことがあって、みんな、つらいことがあって、そして、みんな、乗り越える。 氷河や僕は泣いて、星矢は笑って、紫龍は生真面目に、それらの試練を乗り越える。 兄さんは――兄さんは、どうなのかなあ。 |