「あれ、混んでる」 学食が、珍しく混んでいた。 十人ほどが着席できる大テーブル、正方形の4人掛けテーブル、お一人様用のカウンター席も すべて埋まっている。 後期初日で、各種規定の変更の発表や 書類の配布等があったので、いつもは寮の自室に引きこもっている特待生たちも、今日は 外に出てきたらしい。 瞬はピラフで、星矢はカツ丼。 麺類のように急いで食べなければならないものではなかったのだが、目の前にある食べ物は1秒でも早く食べたい星矢の性格を知っている瞬は、四人掛けのテーブルの席が二人分 空いているのを見付けて、 「あ、あそこ、空いてるよ、星矢」 相席させてもらうことにした。 「こちら、よろしいですか」 「もちろん、どうぞ」 穏やかな声の返事をもらってから、瞬は その席に着いている生徒が上級生――3年生――であることに気付いた。 グラード学園高校の制服はグレイのブレザーで、特待生はネクタイの色が決まっている。 臙脂、濃紺、深緑のローテーション。 瞬たちは臙脂色のネクタイで、今年は1年。2年は深緑。3年は濃紺。 瞬に相席を許してくれた生徒のネクタイの色は濃紺。 スポーツではなく芸術分野で特待生になっているのか、腰まで届く長い黒髪の持ち主だった。 彼の向かいの席に着いている生徒も濃紺のネクタイで、こちらは金髪である。 「このテーブルだけ、なんで席が空いてたのか わかった」 手にしていたトレイをテーブルに置き、椅子に腰を下ろした数秒後、腑に落ちた顔で星矢が言う。 「え?」 星矢にわかったことが わからなかった瞬は、右に軽く首をかしげてしまったのである。 瞬と星矢がランチのために確保した その席には、テーブルにも椅子にも 他の生徒に避けられるような問題はなかった――少なくとも瞬は見付けられなかったのだ。 正方形のテーブルの、瞬の真向かいに星矢、右手に長髪の上級生、左手に金髪の上級生。 おかしなところはない。 瞬にはわからなかったことが、長髪の上級生には すぐにわかったらしい。 彼は、彼の向かいの席にいる金髪の生徒を顎をしゃくって指し示し、 「こいつの目が恐いから」 と言った。 「やっぱ、そうだよなー」 爛漫に笑う星矢の横で、瞬は一瞬 きょとんとし、それから いたたまれない気持ちになって、二度三度と瞬きをした。 「星矢、失礼だよ、そんな……」 「俺が言ったんじゃねーもん」 それは その通りである。 それは その通りで、言った長髪上級生は悪びれた様子もなく、二人の下級生を交互に見やりながら、にこやかに微笑していた。 が、言われた金髪上級生の方はというと、到底“機嫌がいい”とは言い難い面持ちで(むしろ、その真逆の顔で)睨みつけていたのだ。 どういうわけか、言った長髪上級生ではなく、この件の口火を切った星矢でもなく、この件に関しては何もしていない瞬を。 瞬が『どうして』と思うより先に、長髪上級生が、 「1年の星矢くんと瞬くん。有名だから、知ってるよ」 と言って、話題を変えてしまう。 瞬が、彼の言葉を奇異に感じたのは、『普通、逆ではないのか』と思ったからだった。 瞬は、この上級生たちを知らなかったが、自分と星矢のコンビより はるかに この二人の方が(色々な意味で)目立つ。 しかも、こちらは1年生、向こうは最上級生なのだ。 にもかかわらず、いったい なぜ こんな逆転現象が起きているのか。 瞬が問おうとしたところに、金髪上級生の、 「知らなかった……」 という呟き。 おかげで瞬は、やたらと目立つ二人の上級生に、なぜ自分たちを知っているのかと尋ねることができなくなってしまったのである。 瞬が、話の端緒を見付けられずにいるうちに、 「席が空くのを待っている生徒がいるようだ。我々はこれで」 と、長髪上級生が 掛けていた椅子から立ち上がる。 トレイを手にして立ち上がった彼は、席から立ち上がる気配も見せずに 瞬を睨み続けている金髪上級生の脛を、横から思い切り蹴り上げた。 「氷河、行くぞ。いくら瞬くんが可愛くても、そんなに睨んだら、恐がられるだけだ」 「違う」 「何が違うんだ。おまえだけが睨んでいないつもりでいても、世間様は おまえの主張を認めてくれないと思うぞ」 長髪上級生に急かされて、金髪上級生が席を立つと、空いた席に すかさず、チャーシュー麺の載ったトレイを持った一般生徒が二人、途轍もない勢いで滑り込んできた。 「何だよ、あの金髪。やーな感じ。普通、おまえを睨むか? 普通の人間はさ、おまえを見たら和んで、ぽわーんとなって、目を細めるもんだろ」 金髪上級生が 終始 凶悪な目で 瞬を睨みつけていたことが、星矢は気に入らなかったらしい。 手にした箸を振り回して文句を言う星矢の剣幕に怯みつつ、瞬を見た チャーシュー麺の一般生徒たちは、星矢の言葉通りに、ぽわんと腑抜けた顔になって、ラーメンを食べる手と口を止めてしまった。 「あんなに睨みつけられるなんて、僕、何か、彼の気に障るようなことを……」 「してない、してない。変な学校だから、変な奴が多いんだろ」 瞬の不安を、星矢は まるで取り合わなかった。 取り合うどころか、不機嫌そうだった上級生を『変な奴』の一言で片付けた。 その件に関して、瞬がそれ以上 食い下がらなかったのは、星矢の言う通り、自分が あの金髪の上級生に対して 何か気に障るようなことをしたり言ったりしたとは思えなかったからだった。 今日 初めて 存在を知った相手。 同じテーブルについていた時間は、正味5分。 気に障るようなことをする時間も、気に障るようなことを言う時間も、瞬には与えられていなかったのだ。 「でも、綺麗な人だったね。あの美貌は一芸に入らないのかな」 「入るわけないだろ。あんなのより、おまえの方が 100倍も綺麗だし、可愛いし。なあ?」 名前も知らないチャーシュー麺の一般生徒たちに、星矢が同意を求める。 チャーシュー麺の一般生徒たちは、星矢の意見に即座に賛同し、首肯した。 そして、長髪上級生と金髪上級生の名を、瞬たちに教えてくれた。 長髪上級生は紫龍。 金髪上級生は氷河。 てっきり芸術分野の特待生だと思っていたのに、あの長髪でスポーツ特待生。 長髪の紫龍の方は、剣道、柔道、空手道等、対戦型の武道がメイン。 金髪の氷河の方は、夏は水泳、冬はスキー、スノーボードがメイン。 しかし、どんなスポーツでも並み以上にこなす、おそらく現在 グラード学園高校に席を置いている特待生の中で最も高額の報奨金を得ている生徒だろうということだった。 |