グラード学園高校には、学校独自のポイントシステムがある。 そのシステムを活用しているのは、ほとんどが特待生資格の生徒たちだが、そのシステムは 特待生だけでなく一般生徒にも適用される。 各分野での実績にポイント数が設定されていて、その獲得ポイントに応じた報奨金が、月に一度、生徒たちに与えられるのだ。 グラード学園高校の特待生は、3年間の住居(寮)と食事は保証されているのだが、瞬たちのように 帰る家も親もない生徒は、それだけでは生きていけない。 バイトは禁じられているので、瞬たちは、このポイントシステムを活用して、被服費や書籍代、通信費等を確保しなければならなかった。 大学に進学したい瞬としては、その他に、大学の入学金と最低4年間分の学費も蓄えておきたいところである。 1ポイント1000円。 3000ポイントを獲得すれば、国公立大学の入学金と4年分の学費までは まかなえると考え、瞬は月々の生活に必要な額の他に3000ポイントの獲得(預金といっていい)を、高校3年間での達成目標にしていた。 グラード学園高校のポイントシステムは頻繁に改定され、ポイントが付与される案件が追加される。 スポーツでは、国体やインターハイでの優勝が100ポイント。 高校新記録で150ポイント。 日本記録で700ポイント。 ワールドカップやオリンピックでの金メダルが1200ポイント、銀メダルが700ポイント、銅メダルが300ポイント。 芸術分野では、仙台国際音楽コンクール、ショパンコンクール等の国際コンクールでの優勝1000ポイントに始まって、日本音楽コンクール、東京音楽コンクール等の国内コンクールまで、大会レベルを考慮し 細かく付与ポイントが決まっている。 日展、院展、二科展等の入選は20ポイント。 各社文学文芸賞も、レベルや規模によって、10~50ポイント。 変わったところでは、人命救助という項目もある。 警視総監賞で500ポイント。 全国紙への掲載、全国ネットのニュース放映で350ポイント。 グラード学園高校のポイントシステムのポイント付与対象は、半年ごとの改定で 増加の一途を辿っていた。 「野球とかサッカーとか、人気のあるメジャーな種目は、相変わらず対象外なんだよな」 ポイント付与項目一覧の本年度後期改定版を眺めながら、星矢はぼやいた。 この一覧は、瞬や星矢には 極めて重要な資料だった。 グラード学園高校の特待生は、この資料に沿って、前期後期の獲得ポイントの予定(つまり、参加希望大会の種目や 出場を希望するコンクール等の予定)を立て、学園事務局に提出することになっている。 学園事務局は、各生徒の希望を取りまとめ、希望者の多い種目では、参加資格を巡って 校内で予選が行われることもあった。 その計画書の提出期限が近付いているのだ。 それは、瞬と星矢には、国家予算の審議以上に重要な、まさに死活問題だった。 「んーと、チェスのグランドマスターもしくはFIDEマスターで5000ポイント。500万。これ、すごくないか? 難しいのか?」 「チェスのグランドマスターは、日本には一人もいないと思う。グランドマスターの資格を得るには、国際大会で、既にグランドマスターの資格を持っている人に勝利しなきゃならないんじゃなかったかな。まず、その挑戦権を手にするのに時間がかかるから、今から始めるんじゃ、在学中にグランドマスターになるのは無理だと思う」 「ちぇ」 瞬と星矢は、前期は インターハイで、複数の陸上競技に出場し、数百ポイントを獲得していた。 このペースで邁進したいところなのだが、後期は高校生主体のスポーツ大会が少ない。 「次は国体で地道にポイント稼ぎかなあ。俺は3年になったあたりに日本記録でも出して、どっかの大学に推薦で潜り込むつもりだけど、おまえは 普通に学科試験を受けるつもりなんだろ?」 「うん。僕は、国体前に、全国統一模試で、何100ポイントか確保しておくよ」 「おまえは、それでポイント稼げるもんな」 とはいっても、グラード学園高校では、学業優秀者はスポーツ選手より冷遇され気味で、全国模試で科目別全国1位になっても、70ポイントしかもらえない。 5科目で全国1位の成績を取っても、350ポイント。 星矢は『すごいすごい』と褒めてくれたが、たとえ5科目制覇しても、その生徒の名は新聞にも載らないのだから、学業成績の低評価は仕方がないと、瞬も割り切っていた。 国体の陸上、星矢が100メートルなら、瞬は200メートル、星矢が400メートルなら、瞬は800メートル。 星矢が幅跳びなら、瞬は高跳び、星矢がバドミントンなら、瞬はテニス。 共倒れにならないようにエントリー種目を調整しながら、ポイント獲得の計画書を作成する。 二人で調整すれば、それだけで十分だと思っていたのは、瞬と星矢が他の生徒にスポーツで負ける可能性を考えていないからだった。 自分たちと争えるのは、瞬の兄の一輝くらいというのが、二人の認識だったのである。 ちなみに、瞬と星矢のエントリー種目が陸上のトラック競技メインなのは、走ったり跳んだりする分には 道具がいらないから――だった。 テニスやバドミントンの試合にもエントリーし、負けることはないが、瞬たちは自分のラケットなど持っていなかった。 「そーいや、俺、過去の成績を調べてきたんだけどさ。なんか、あの金髪や長髪、結構すごかったぞ。長髪の紫龍は対戦型武道で、金髪の氷河は、夏は水泳競技、冬はウィンター競技で、高校生には ほとんど敵なし。俺たちとは参加種目が重なってなかったから気付かずにいたけど、2年と半年で、まじで累積5000ポイント以上を稼いでた。あの二人、身体能力も運動能力も勝負強さも 相当だぞ」 「星矢ほどじゃないでしょう」 「俺ほどらしい。俺と争えるアスリートなんて、おまえと一輝くらいのもんだと思ってたのに、世界は広いぜ。つーか、日本も結構 広かったぜ」 「でも、僕たちとは畑違いみたいだし、なら、気にする必要はないよね」 グラード学園高校の1学年のクラスに在籍するようになって半年が経った今も、国語や数学のテキストは新品同様 綺麗なままだが、必要と思うこと、興味のあることについては、星矢は熱心に調べるし、学ぶ。 星矢は、学習能力も学習意欲もあるのだ。 彼が必要と思うこと、興味のあることに関しては、星矢は、自分より はるかに実際家で、計画性に恵まれている――と、瞬は思っていた。 その星矢が興味を抱いて調べた、二人の上級生の獲得ポイント数と その内容。 自分たちには何の関わりもないことに、なぜ星矢が興味を抱き、調べる気になったのか。 それは、『彼等は自分たちと関わりを持つことになる』という予感を覚えた星矢の野生の勘、勝負勘が働いたからだったらしい。 しかし、後期の計画書を作成している時にも、作成した計画書を提出した時にも――瞬のみならず星矢当人も、その事実に気付いていなかったのである。 |