前期、その存在に気付かないほど、あの目立つ上級生たちと瞬たちの スポーツ大会等での出場種目は重ならなかった――つまり、両者は畑違いだった。 それは当然、後期も同じだろうと、瞬は考えていた。 ゆえに 彼等のことは全く考慮せず、瞬は星矢と後期のポイント獲得計画書を作成し、事務局に提出した。 そして、計画書の提出から1週間後。 特待生全員の出場希望大会やコンクール、その種目や部門の一覧が発表になった。 これは、同校の生徒同士での共倒れを防ぐための情報共有、情報提供である。 同じ種目を希望している者に勝てないと判断したら、辞退する。 あるいは、当事者間で話し合う。 出場枠が限られている場合には、事前に校内で予選を行なうことになるので、その旨を承知しておくように。 ――等々の通達を兼ねた発表だった。 その全体エントリー 一覧に、異変が起きていた。 異変といっても、それは瞬一人にとってだけの異変だったが。 まるで瞬のエントリー種目を察して狙ったかのように、同じ種目に氷河の名が記されていたのだ。 秋の国体の種目が、特にひどかった。 前期インターハイでは顔も出していなかった種目に、氷河の名が 幾つも記されている。 瞬がエントリーした、陸上200メートル走、800メートル走、400メートルハードル、走高跳び、テニス少年男子、すべてに氷河の名があった。 しかし、星矢がエントリーした、陸上100メートル走、400メートル走、100メートルハードル、走幅跳び、バドミントン少年男子には、氷河の名は一つもない。 これは どう見ても、瞬のエントリー種目のデータを入手した上で、氷河が、あえて重複したエントリー計画を提出したのだとしか考えられなかった。 そもそも前期のインターハイでは、彼は陸上トラック競技には全く出場していなかったのだから。 「何だよ、これ! 嫌がらせなのか !? 」 星矢が、後期のエントリー 一覧を見て激怒する。 さすがの瞬も、ここまで綺麗に重なってしまうと、いつもの調子で、『嫌がらせなんて、わざわざ そんなことをする人なんていないよ。偶然だよ』と言い切ることはできなかった。 ただの嫌がらせなら、むしろ 瞬は 気が楽だったろう。 おそらく、氷河は本気なのだ。 “ただの嫌がらせ”ではなく、“意識しての妨害”。 2年半でスポーツだけで5000ポイントを獲得するほどの運動能力の持ち主は、立派に瞬の障害になり得るだろう。 もしエントリーした競技すべてで 氷河に敗北を喫してしまったら――収入を絶たれてしまったら――それは、瞬にとっては死活問題。 否、まさに死刑宣告だった。 「待ってろ。これはどういうことなのか、ちょっと聞いてきてやる」 「星矢!」 『ちょっと聞いてくる』と言いながら、ほとんど喧嘩腰の星矢を、瞬は慌てて引き止めた。 「駄目だよ、星矢。そんな喧嘩腰で……。氷河さんは、与えられた権利を行使しているだけで、ルール違反をしているわけじゃないんだから」 「そうは言っても、人間には、最低限 守らなきゃならない仁義ってもんがあるだろ!」 「だからって 文句を言ったら、こっちがルール違反をすることになるよ」 「……」 短気で喧嘩早くても、星矢は理のわからない男ではない。 瞬の諫言の正しいことを認め、星矢は唇を引き結んで 黙り込んだ。 瞬が、聞き分けのいい幼馴染みに微笑する。 星矢と自分自身のために、瞬は一つ 深呼吸をした。 「大丈夫だよ。僕が もし、この国体でポイントを獲得できなくても、氷河さんは3年生で、僕はまだ1年生。僕にはチャンスは まだまだある。学力試験や――チェスのグランドマスターは無理でも、将棋や囲碁で段位を取ってポイントを獲得することもできる」 星矢を落ち着かせるために そう言いながら、その言葉で、瞬は自分自身が落ち着いてきていた。 生きる道は、いくらでもあるのだ。 「才色兼備の文武両道。おまえにできないのは、喧嘩と意地悪だけだもんな」 「できないことは、他にも いくらでもあると思うけど……」 星矢が落ち着いてくれたので、瞬は ほっと安堵の息をついた。 それにしても、到底 偶然とは思えない、この状況。 氷河の意図がわからないことも不安ではあるが、彼と同じトラックで 同じ距離を走ったら、どちらの方が早いのか。 兄や星矢以外にも、自分に勝てる人間が存在するのか。 試してみたいと、なぜか うきうきした気持ちで思っている自分に、瞬は少し呆れてしまったのである。 |