「小さな子供のいる家庭で、親が夜の仕事に就いているというのは、やはり よろしくないんだろうか」
ナターシャの寝顔を見詰めたまま、氷河が呟く。
氷河は、『ナターシャは パパを大好きだから、そんな無謀な計画を立てたのだ』とは考えなかったらしい。
逆に、『パパの愛が足りていないから、パパとの触れ合いを求めて、ナターシャは この“おかえりなさい”計画を立てたのだ』と、彼は考えたようだった。

氷河は、店の客が24時前に帰ってくれて、終電で帰宅できれば、夜の内に就寝し、ナターシャが目覚める頃、氷河も目覚めることができる。
しかし、今日のように帰宅が朝になると、ナターシャが目覚める頃、氷河は眠りの最も深いところにいて、父と娘の生活時間帯は微妙に ずれてしまうのだ。
アテナの聖闘士たちは、2、3日程度なら 眠らなくても全く平気ではあるのだが、『アテナの聖闘士だからといって、過信は禁物』『アテナの聖闘士だからこそ、人間離れしないようにして』と、瞬は常々氷河に言っていた。
氷河も、『ナターシャの父親は、何よりもまず ちゃんとした人間でなければならない』という考えでいるようだった。

以前は――ナターシャに会う前は、家庭や家族を持つことなど考えたこともなかったので、氷河は、夜の仕事に就くことに躊躇を覚えず、仕事自体も支障なくこなせていた。
しかし、ナターシャが来てからは、氷河は、“可能な限り完璧な普通の家”を目指すようになったらしい。
そのために 家庭内に子供の母親の存在を確保しようとすること自体は まだ“普通”と言えなくもないが、その役目を、当然のことのように、同性の友人に割り振ってしまう点は、かなり“特殊”。
そういうところが、氷河の普通でないところである。

「お昼の仕事に就いている父親が、子供と一緒にいる時間が長いわけではないでしょう」
「それはそうなんだが……」
言葉とは裏腹に、氷河は全く得心しているようではなかった。
むしろ、不満だけに囚われているようだった。
ナターシャの完璧な父親、立派な父親、自慢の父親でいたい氷河は、ナターシャの父親という珠に 小さな瑕があることすら許せないのだ。
他のことなら いざ知らず、愛にだけは妥協を知らない氷河を 嫌になるほど知っている瞬は、氷河の その得心できていないような不満顔のせいで、嫌な予感が より一層 募ることになったのだった。






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