「二つの家族と 取り替えられた二人の男の子。――仮に甲家のX、乙家のYとしておくか」

甲家は、AB型の父、O型の母。
二人の子供はA型かB型になるはずなのに、二人の唯一の子(となっている)Xの血液型はO型だった。
母がО型なのだから、XがО型なことを、両親は おかしなことと思わずにいたらしい。
Xの両親が無知――というより、彼等は互いを信じ切っていたのだろう。
Xが就職先に提出する健康診断書で、たまたま Xの血液型を見たXの祖父に指摘されて 初めて、それがあり得ないことだと気付いた。
DNAを調べれば、父親が違うのではなく、両親が違う―― 子供が違う――ことがわかるのだが、DNAを調べるまでもなく、そもそもXの血液型が二人の子供として あり得ないものだったので、甲家夫妻は そこまで調べなることはしなかった。

甲家夫は20数年前の妻の不倫を疑い、甲家夫妻は今、険悪の極み、離婚の危機にある。
信じていた分、衝撃も大きかったのだろう。
1ヶ月前から、甲家夫は頻繁にネットで離婚事例について調べるようになり、半月前から、離婚調停に実績のある弁護士事務所を検索し始めた。


乙家は、A型の父、A型の母。
子供のYの血液型はA型だったので、そういったことでは 家庭内に波風は立たなかった。
平和な家庭。
Yには、仲のいい姉がいる。
Yは、ネット上に、自分しか閲覧できないBLOGを置いているのだが、そこに、自分は家族と違うと感じている旨を延々と書き綴っていた。
家族を愛しているのだが、自分は他人だと感じる。
そして、姉に恋をしていると感じ、悩んでいる。
Yの姉も、2ヶ月前、『恋人は 弟以上の男でないと空しい』という理由で 恋人と別れ、それが彼女の友人たちの間で噂になっていた。


「それだけのことを、たった一晩で調べ上げたんですか?」
翌日、氷河が、“たった一晩で調べ上げた”情報を 瞬に届けると、瞬はまず、氷河が それだけのことを“たった一晩で調べ上げた”ことに驚き、呆れ、そして、少し怯えたようだった。
瞬に恐れられ 嫌われたくない氷河は、慌てて弁明に取り掛かったのである。

「今はネット社会。ターゲットが属しているグループが一つ わかれば、そこから すべては芋蔓式だ。個人情報が把握できれば、パスワードの割り出しも容易。だが、俺のような仕事をしている人間か、ネットストーカーでもない限り、人は他人に興味を持たない。言うまでもないが、ネット上にある人間の姿が真実のものとは限らないし、本当の気持ちは、会ってみなければ わからない」
氷河の弁明が いかにも弁明に聞こえたのだろう。
瞬は、大きく首を横に振り、そして、瞬の弁明を口にした。

「そうじゃなくて……! 僕のために、こんな短時間で すみません――って、そういう意味です。僕が ぐずぐず悩んでばかりで、自分では何もしなかったことが恥ずかしかったの」
「それは当然だ。善良な市民は、こんなふうに他人の秘密をクラッキングしたりしない」
「そうじゃなくて……!」
瞬が、焦れったそうな目で、氷河を見詰める。
やがて、瞬は、自分の言い方が間違っていたことに気付いたらしく、言い方を変えた。

「僕は、『僕のために どうもありがとうございます』って言いたかったんです。氷河の調査のおかげで、僕は、自分がどう行動すべきなのかも わかった。氷河の尽力のおかげで、二つの家族の中に、幸せになる人や 不幸にならずに済む人が生まれると思う。どうもありがとうございます」
「いや、俺は……おまえが困ったり悩んだりしていると、俺も気分が悪いから」
自分(の気分)のためにしたのだと弁明した(?)氷河に、瞬は、薔薇より カスミ草より 桜より温かく美しい微笑をデリバーしてくれた。

「ありがとう、氷河」
その言葉と微笑で、氷河の徹夜作業は報われたのである。






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