「途轍もない美少女だったからなー。どう見ても、一輝の奴、あの美少女に一目惚れしたんだよなー」
自分は一目惚れしていないのに、星矢が そう断言できるのは なぜなのか。
そのことを不思議とも思わず、星矢は断言した。

2年前の部費で購入した お掃除ロボットの勤勉の おかげで、キックボクシング部の部室には 運動部の部室にありがちな雑然とした雰囲気はない。
120名超の部員を抱える部の部室にしては狭すぎるほどに狭いのだが、使用するのは星矢たち四人だけなので、広い部室といえば広い部室だった。
大きなミーティング用テーブルと椅子とロッカーと冷蔵庫。
テーブルの上には 星矢のためのジャンクフード。
冷蔵庫には水とスポーツドリンク。
部室というより、そこは むしろ、休憩室、談話室だった。

テーブルの席に着いていた紫龍が、星矢の見解に疑念を呈してくる。
「それはどうか……。一輝は一目惚れなんてものをする男ではないぞ。奴は、男は直感で判断するが、女に関しては 時間をかけて 相手の人となりを見極める慎重派だ」
一輝の あの不自然すぎる自失状態を自分の目で見ても、一輝一目惚れ説を否定する紫龍に、星矢は疑いの目を向けた。

「紫龍だって、滅茶苦茶 怪しい態度だったぞ。あの子の胸ばっかり、見てた。そりゃ、沙織さんに比べたら、ちょっと ささやかだったけど、だからって、あの目は かわいそうすぎだぜ。別に いいじゃん。胸なんかなくても。あんなに可愛いんだから」
「それは誤解だ」
「誤解……って、じゃあ、おまえ、貧乳好きだったのかよ?」
「違う!」
「どーだか」

全く信じていない目を、星矢が紫龍に向ける。
瞬を美少女と認め、その可愛らしさは 胸のささやかさを補って余りあるものと認めながら、恋には落ちない。
長所なのか短所なのか、軽々に判断はできないが、それが星矢の際立って特異な性質だった。
“恋に関する情動や感情に無縁”というのが。

「氷河は氷河で、美少女の迫力に負けて尻餅なんかついてるしさ。マーマ以外の女に免疫ないから、あんな醜態さらすことになるんだぞ。何が学園一のイケメンだよ! “イケメン”ってのは、何の役にも立たないツラって意味なのか? せめて、そのツラで あの美少女を落として、沙織さんのガードを緩めるくらいのことはできないのかよ! 辰巳の竹刀より ずっと強固だったぞ、あの美少女のガード」
「……」
恋に縁のない1年生は、常に強気で客観的である。
黙り込んでいる氷河の目の前で、星矢は ひらひらと片手を振ってみせた。

「はいはい。マザコン男は、マーマ以外の女には興味がないからマザコンなわけね。わかってますって、そんなこと。でも、どーすんだよ、キックボクシング部。マザコンは 元から当てにしてなかったけど、問題は一輝だ、一輝。あの裏切者! よりにもよって、沙織さんのボディガードに一目惚れなんかしやがって、最悪もいいとこ! いくら可愛くても、女のために 男の友情を裏切るなんて、もはや男として認められないぜ!」
星矢がテーブルに拳を叩きつけると、その振動でテーブルに置かれていたポテトチップスが宙に浮いた。
そのポテトチップスが元の場所に戻る前に 左手の指で挟み、口に運んで、星矢が ばりばりと噛み砕く。
そこに、
「あの……こちら、キックボクシング部の部室ですか」
思いがけない訪問客があった。






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