思いがけない訪問者。
ここが華道部や茶道部、礼法部の部室だったなら、さほど思いがけなくもなかったろうが、なにしろ ここはキックボクシング部の部室。
誰もが勝手に 女人禁制と思い込んでいたのだ。

「おわ、噂の美少女!」
きちんと閉じていなかったドアの隙間から、首をかしげて、瞬が室内を覗き込んでいる。
“恋に無縁”を身上にしている星矢が ためらう様子もなく――ためらうどころか浮かれた様子で、すぐにドアを開け、瞬を室内に招じ入れたのは、瞬に文句を言うためだった。
「ったく、どうしてくれるんだよ! あんたが 常軌を逸した美少女なせいで、硬派一直線だった一輝が腑抜けちまったじゃないか」

「腑抜けるなんて、まさか、そんな」
「まさか そんなったって、実際 腑抜けちまってたし」
「それは誤解です」
「誤解なもんか。実際、あの一輝が、あんたと目が合った途端、ものも言えなくなってたじゃないか。俺たち、沙織さんに喧嘩売りに行ったんだぜ。なのに――」
「誤解です。兄さんは、僕があんなところにいるとは思っていなかったから、驚いて 何も言えなくなっただけで……」
「あんたが あんなところにいるとは思ってなかったって、そんなことくらいで あの一輝が―― へっ?」

何か 非常に重要な単語を聞いたような気がして、星矢は、勢いよく吐き出していた言葉を途中で途切らせた。
『兄さんは』
世にも稀なる美少女は、今、そう言わなかっただろうか。
誰が誰の兄だというのか。
今の話の流れからすると、一輝が この美少女の兄――ということになる。
だが、まさか、そんな。
――と、星矢は声にはしなかったが、星矢の声なき声を、可憐な美少女は ちゃんと聞き取ったようだった。

「兄さんは…… 一輝兄さんは、僕の兄です」
「兄って、だって、似てないぞ。全然 似てない」
「はい。でも、兄なんです」
「いや、でも」
「両親が同じ、血の繋がった実兄です」
「……」

『血の繋がっていない義理の兄妹なのか』とか、『異父兄妹なのか』、『異母兄妹なのか』等、飽きるくらい問われたことがあるのだろう。
瞬は、普通なら わざわざ説明しない部分まで念入りに 詳細に説明してくれた。
紫龍が 部室の大テーブルの、いつも一輝が座っている椅子を瞬に勧め、瞬は 礼を言って、その席に腰を下ろした。
そして、一度 短く吐息してから、静かに語り始める。






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