「この海の底に、君のママが眠っているそうだね」 砂粒よりも小さな、だが 砂粒よりも鋭く痛い氷の飛礫が、俺の頬を打ち続けている。 成人した大柄な男の手を更に 二回りほど大きくする厚手の手袋を嵌めた手で、氷の粒の攻撃から自分の顔を庇いながら、その男は 浜に立っていた俺に話しかけてきた。 この界隈では見たことのない男だ。 ほとんど黒に近い褐色の髪。目の色も同じ。 薄い唇と三白眼の目は 全く優しそうに見えなかったが、そいつは俺に同情の言葉らしきものを手渡してきた。 「気の毒に……。若く美しい女性だったと聞いた。生前と変わらぬ美しい姿のまま、深い海の底で眠っているのだとか。君は彼女を生き返らせたいとは思わないか?」 「なに……?」 あの男に、ガキの俺は何と答えたのだったろう。 思い出せないのは、俺の記憶力が頼りないものだからなのか、憶えておく価値もないことと判断して、俺は自分の返答を記憶すらしなかったのか、あるいは、誰かに記憶を消されてしまったのか。 そもそも 俺がガキの頃にそんな男に そんなふうに問われた記憶の方が捏造――俺自身が作り出した妄想なのか。 それとも――。 それとも、夢の中で過去の自分の記憶を呼び覚まそうとする行為は、激しい逆風の中で無理に前進しようとするようなものだからか。 自分は夢を見ていたのだと気付いた瞬間に、記憶が蘇らない理由を悟り、そうして、俺は夢の中から現実に戻ってきた。 |