「馬鹿! 凍え死ぬぞ!」 びっくりして、俺が怒鳴ると、お姉さんは、 「僕が?」 って言って、微かに笑った。 あったかい笑顔。 あったかい目の色。 お姉さんは、でも、すぐに笑顔を真顔に戻した。 けど、目は あったかいままだ。 お姉さんは 俺の肩を抱き寄せて、抱きしめて――俺は、あったかいどころか、熱くなってきた。 「ごめんね。君を悲しませるつもりはなかったの。君が そんなにマーマに生き返ってほしいと思ってるなんて――」 「俺がマーマを殺したんだ。生き返ってほしいに決まってるだろ!」 そんなことができるって、本気で思ってたわけじゃないけど。 そう。それは、願いじゃなく、空想だ。 『マーマに生き返ってほしい』じゃなく、『マーマが生きてたら、俺は どんなに幸せでいられただろう』っていう、空想。 絶対に叶うわけがないって わかってる空想なんだ。 絶対に実現しないって わかってる空想は悲しい。 「マーマは生きていたかったに決まってる」 その望みを、俺が打ち砕いた。 俺は、それが悲しくて、恐いんだ。 マーマの望みを打ち砕いた俺を、マーマは恨んで、嫌いになってないだろうかって、そのことが。 お姉さんが俺を抱きしめて――この お姉さん、なんか変だ。 「僕もそう思うよ。君のマーマは 生きて――君と一緒に生きて、君が立派な大人になるのを見届けたかっただろうと思う」 「え」 俺が びっくりしたのは、マーマが生きていたい理由が それだったこと。 この お姉さんは、マーマじゃないんだから、マーマの気持ちがわかるわけないんだけど――マーマが生きていたかったのは、俺のため? お姉さんは、俺のマーマに 他に生きていたい理由なんか あるはずがないって確信してるみたいな声で、そう言った。 俺の顔と目は お姉さんの胸の中にあるから、お姉さんの顔は見えないんだけど、もし見られたとしたら、やっぱり お姉さんは 『誰かのために自分の命をかけた人が、生きていたいと願う気持ちに他の理由なんかない』って確信した目をしていただろう。 「でも、君のマーマは、君を守りぬくことができて よかったと――自分は幸せだと思いながら、その命を終えたと思うよ」 マーマが幸せだった? 俺を守り抜けたから? そんなはずないって、死んで幸せなはずがないって、俺は おねえさんに言い返そうとしたんだ。 でも、そうすることはできなかった。 マーマなら そうだったかもしれない――って、思ったから。 『私の可愛い氷河。私の命。私の幸せ』 いつも そう言ってたマーマは、マーマの命と幸せを守って――守るために、命をかけたんだ。 俺にも、そう思えたから。 マーマの愛を疑うことは、俺にはできなかった。 それに――お姉さんが泣いてるのがわかったから。 俺を抱きしめたまま、お姉さんが泣いてる。 なんで、このお姉さん、胸が ぺったんこなんだろうって、俺、さっきから それが気になってたんだけど、そんなことは どうでもよくなった。 泣いてる。 お姉さんが。 なんでだ? 「なんで、おまえが泣くんだよ」 俺が ちょっと間の抜けた声で訊くと、 「君のマーマの気持ちがわかるから。君の気持ちもわかるから。君と君のマーマがどんなに お互いを愛していたのかがわかるから」 完全に泣いてる人の声だって わかる声で、お姉さんは答えてきた。 なんでだ !? 俺は、そのまま お姉さんに抱きしめられていたかったけど、でも、お姉さんの気持ちを確かめたいって好奇心に負けて、お姉さんの ぺったんこの胸から顔を引き剥がして、お姉さんの顔を見上げたんだ。 おねえさんは、ほんとに泣いてて、綺麗な目が涙で いっぱいだった。 俺は――俺はさ、なぜだか、このお姉さんが側にいてくれたら、いろんなことに耐えて、挫けずに生きていけるような気がしたんだ。 だから、言った。 今日 初めて会った人に、 「マーマの代わりに、おまえが俺の側にいてくれたら、許してやる」 って。 「氷河……」 お姉さんは、一瞬 嬉しそうに笑った。 笑ったように見えた。 気のせいだったかもしれない。 でも、すぐに悲しそうな目になって、 「ごめんね、氷河。僕のことは忘れてもらわなくちゃならないんだ」 と言った――ような気がする。 |