若く美しい貴婦人ラグネルは、悪い魔法使いに呪いをかけられて、二目と見られぬほど醜い老婆の姿に変えられてしまいました。 呪いを解く方法は、若く優れた騎士を夫にすること。 自身の知恵と賢明で アーサー王の窮地を救った老婆ラグネルは、その褒賞として、アーサー王に仕える高潔な騎士ガウェインを夫にし、元の若く美しい姿を取り戻すことができました。 ただし、一日の半分だけ。 呪いが半分解けたラグネルは、昼と夜のどちらを 元の若い女性の姿で過ごすことを望むかと、夫ガウェインに尋ねました。 ガウェインは、夜 自分にだけ美しい姿を見せてほしいと願いましたが、昼間、多くの人々に 自分の若く美しい姿を見せることがラグネルの望み。 ガウェインは、昼間は美しく、夜間 醜い老婆として過ごすのも、夜間は美しく、昼間は醜い老婆として過ごすのも、あなた自身のことなのだから、あなたが自分の意思で決めるべきだろうと言い、彼女が自分の意思で 望む方を選ぶことを許しました。 途端に、ラグネルの呪いは すべて解け、彼女は昼も夜も 元の若く美しい姿でいられるようになったのです。 ラグネルにかけられた呪いを完全に解くために必要だったのは、“(女性であるラグネルが)自由意思を持つことを許されること”だったのでした。 そんなふうに、呪いをかけたり、かけられたりすることが普通にある世界。 魔法使いや神や 騎士やお姫様が ごろごろ転がっている世界。 女性が、男性に愛を捧げられることはあっても、自分の意思を通すことは滅多に許されない世界。 愛より自由の方に 希少価値がある世界でのお話です。 氷河は、聖域大陸の北方にあるアクエリアス王国の王子様でした。 本当は王様なのですが、王子様の方が若くてカッコいい感じがするので、王子を自称していました。 その一事だけでもわかるでしょうが、氷河は、かなり大雑把で、いい加減で、自分の人生を 自分の好きなように生きている王子様(本当は王様)だったのです。 氷河に そんな いい加減なことが許されているのは、彼が一国の王で男子だから。 たとえ 王家の一員として生まれても、男子ではなく女子だったなら、彼女は父親が命じる男の許に降嫁するか、夫を迎えて王になってもらうしかなかったでしょう。 氷河は両親は亡くなっていましたが、幸いにも 男子だったので、王として自分の好きなように生きることが許されているのです。 この世界では、自分が治めている国を 悪い魔法使いや邪神から守る力を持ってさえいれば、支配者として合格点。 その務めさえ果たせるなら、あとは何をしてもОK。 それで何の問題もないのです。 氷河は、王としての務めを ちゃんと果たしていました。 つまり、氷河は、いい加減で大雑把な男でしたが、とても強かったのです。 自分が贅沢をするために国民に重税を課すことがなく、外敵から国土と国民を守ることもできている氷河は、アクエリアス王国の よい王様――もとい、王子様でした。 支配者というものには、“厳格すぎない いい加減さ”も、立派な美徳なのです。 いい加減で大雑把だけど よい王子様の氷河は、数日前から心配事を抱えていました。 その心配事というのが、氷河が半月ほど前に拾ってきた子猫。 氷河は その子猫を大層 可愛がっておりました。 数日前、北の海が沖にある島まで凍って陸続きになったという報告があったので、氷河は その猫を連れて 海の様子を見に行ったのです。 最初は氷河の腕の中で丸まっていた猫は、一度 その腕の籠から飛び下りると、凍った海の上を滑って遊び始め――しばらく 元気に遊んでから帰城。 帰った直後は 普通にしていたのですが、やがて彼女(猫はメスでした)は立ち上がることができなくなってしまったのです。 四肢の肉球が赤く腫れあがり、そのせいで彼女は 自分で立つことも歩くこともできなくなってしまったよう。 ミルクを入れた皿を置くと、横たわったままで ぺちゃぺちゃ飲むことはできるので、命は永らえていますが、いつまでも このままでいたら、結局は死んでしまうしかないでしょう。 猫は誇り高い生き物なのに、寝たきり猫なんて、猫としての誇りを保てませんから。 どうしたものかと、氷河が悩んでおりましたら、家臣の一人が 氷河に耳寄り情報を教えてくれました。 最近、森の奥に、どこからやってきたのか、大変な名医が住みついて、病人や怪我人を治してくれているというのです。 治療代は取らず、野菜や小麦、ちょっとした雑貨等、心ばかりの礼でも とても丁寧に診てくれるのだとか。 中には、手で触れてもらっただけで 痛みが消えてしまった病人もいるらしく、森の名医は 神が地上に遣わした救い主なのではないかと、専らの噂なのだそうでした。 「神の遣いのような名医か。猫も診てくれるだろうか」 氷河の国には、人間を診察治療する医者と、農作業の貴重な労働力である牛や馬を診察治療する獣医はいたのですが、猫や小鳥を診てくれる医師はいなかったのです。 「ものすごい美少女だそうですから、診てくれるんじゃないでしょうか」 それは いったいどういう理屈なのか、家臣の発言の意味と根拠が 氷河には よくわからなかったのですが、美少女には 牛より猫の方が似合うということなのだろうと 勝手に解釈して、氷河は頷きました。 神の遣いのような名医が猫を治してくれたら それは何よりですし、氷河は ものすごい美少女の名医というのにも、非常に 興味をそそられたのです。 「ものすごい美少女の名医か。それは ぜひとも、顔を拝んでおかねば」 好き勝手で大雑把な氷河は、大層 正直です。 好き勝手で大雑把なので、自分が他人に どう思われるかということを気にせず、どう思われようと構わないというスタンスで 生きているからです。 ですから、氷河は、『我が国に勝手に住みついた不審人物の身許調査に行くぞ』なんて、尤もらしいことは言いません。 『美少女の顔が見たい!』と、正直に はっきり言ってしまうのです。 力を有し、自国を守るという務めを ちゃんと果たしている王子様(=男)には、そんな正直な言動も許されるのでした。 ところで、氷河は、王子様といっても、王子様らしい恰好をするのがあまり好きではありませんでした。 王子様の正装の かぼちゃパンツは カッコ悪いから嫌いでした。 宝冠や勲章は鬱陶しいから嫌いでした。 腰に下げる長剣も邪魔だから嫌いでした。 氷河は、剣でちゃんばらをするより、素手で戦う方が好きで、得意だったのです。 なので、氷河は、その日も、いつも通り、王子様っぽくない恰好で、美少女の名医の家に出掛けていきました。 弓を持っていない猟師のような恰好です。 歩けない猫を入れたバスケットを馬の背に載せ、自分は歩いて森の中に分け入りました。 ちなみに、氷河は、顔は かなりのイケメンでした。 王子様っぽい きんきらきんの恰好をしていなくても、イケメンはイケメンだというだけで女子に受けがよく、氷河は 結構 若い娘たちに もてました。 まあ、好き勝手で大雑把な性格のせいで、それがロマンスに発展することはありませんでしたけれどね。 女の子というものは、恋人に“まめさ”を求めるもの。 女の子は、毎日 愛の言葉を囁いて、二人が出会った記念の日等にはプレゼントをくれる男子が好きなのです。 大雑把が取りえ(?)の氷河は、恋の相手としては論外な男でした。 |