森の奥にある、噂の美少女の家。 そこは 白樺の丸太で作られたログハウスで、アルプスの少女ハイジが夏の季節を過ごす山小屋をイメージしてくれれば、それで大体 合っています。 家の前は ちょっとした広場になっていて、木のベンチが幾つか。 ベンチには、老若男女が十数名 腰掛けて 世間話をしていました。 いいお天気でしたからね。 お陽様の光が貴重なので、北の国の人間は 晴れた日には みんな 日向ぼっこをするのです。 それは構いませんが、ここにいるのは全員、美少女の名医の診療の順番待ちをしている人たちなのでしょうか。 せっかく お昼前に出掛けてきたのに、これでは猫を診てもらえるのは おやつの時刻になってしまいます。 どうしたものかと氷河が迷っていると、 「あれ、氷河? 氷河が病気……になるわけないから、氷河も瞬先生を見に来たの?」 と、声を掛けてくる者がいました。 コホーテク村のヤコフです。 ヤコフは、以前 氷河が お弁当を持たずに 狩りに出て おなかを空かせていた時に、シチューをご馳走してくれた親切な男の子で、氷河は それ以来、ヤコフには頭が上がらないのでした。 どうやら、瞬先生というのが、美少女の名医の名前のようです。 ヤコフは『氷河が病気になるわけない』と言っていましたが、ヤコフも氷河と同じくらい元気な男の子でしたので、病気を治してもらうために ここにいるとは考えられませんでした。 「俺も瞬先生を見に来たの? ということは――ヤコフ、おまえもなのか?」 氷河が尋ねると、ヤコフは、『あったりまえだよ!』と言って、力強く頷きました。 この辺りの村の住人は 大体 瞬先生に病気を治してもらったので、最近 この診療所にやってくるのは、瞬先生の評判を聞いて 遠くからやってくる新患だけなのだそうです。 ヤコフたちは、瞬先生の綺麗な顔を見て、目と心の保養をするために ここに通っているだけなのだそうでした。 最近 瞬先生の診療所は、村の社交場になっているのだと、ヤコフは氷河に教えてくれました。 「じゃあ、待たずに診てもらえるのか」 「えっ。氷河が病気なの? 氷河でも病気になることがあるの?」 ヤコフが 随分 失礼な質問をしてきましたが、氷河は大雑把な男なので 気にしません。 「いや。俺ではなく、俺が拾って育てている猫の具合いが悪いんだ」 言いながら、氷河は、馬の背から籠を下ろして、中の猫をヤコフに見せてやりました。 みゃーと鳴く子猫の声は、とても か細く 弱々しげ。 飼い主である氷河を好きではいるのだけれど、その大雑把な性格が、病気の身には かなり不安。 子猫の声と瞳は、ヤコフに そう訴えているようでした。 勘のいいヤコフが、すぐに それを察し、 「大変だ! 瞬先生、重病人だよー!」 猫籠を抱えて、小屋の中に飛び込んでいきます。 おやつの時刻まで待たなくてもいいなんて、超ラッキー。 氷河も浮かれ気分で、ヤコフのあとを追ったのでした。 |