「てのが、表向きの理由でさ。いや、それが建前とか嘘とか言うんじゃないんだけど、それだけじゃなくてさ。おまえら一家が 難関幼稚園に合格するかどうか、みんなで賭けてるんだよ」 どうやら 星矢は 冷やかしのためだけに この場に居合わせたわけではなかったらしい。 星矢には星矢の、ちゃんとした用件(?)があったらしい。 いつのまに操作を覚えたのか、ラウンジテーブルの上に置いてあったパソコンの表計算ソフトを立ち上げると、星矢は それをプロジェクターに繋げ、電動スクリーンの電源を入れた。 「賭け?」 「そ。で、俺、賭けに乗ってきた奴等の一覧を作ってみたんだけどさ」 児童養護施設で育ち、成人した今も 深く関わっている当事者の一人だというのに、星矢は この深刻な社会問題を 全く憂えてはいないようだった。 憤りも感じていない――もしかしたら 彼は、腹を立てることすら馬鹿らしいと思っているのかもしれない。 星矢は この事態を、ただひたすらに面白がっていた。 星矢がスクリーンに映し出した一覧には、瞬の見知った人物の名が並び、彼等が合否どちらに賭けているか、そして、そう判断した根拠(コメント)等が記されていた。 合格に賭けている者一覧。
不合格に賭けている者一覧。
等々。 星矢が得意顔で この一覧を提示するということは、一覧に名前の挙がっている者たちに、賭けの話を持ちかけ コメントを集めたのは、他ならぬ星矢自身ということなのだろう。 「兄さんまで引き込むなんて、いったい どうやって……」 星矢はどうして、自分が興味を引かれたこと、自分のしたいことに(だけ)は、こんなにも熱心で有能なのか。 瞬は、半分 感動しながら、呆れてしまったのである。 長めの嘆息を一つ ついてから、この賭けが実行されるかどうかを決めるのは大人ではないということを指摘する。 「星矢の情熱には感じ入るし、沙織さんのご希望には沿いたいですが、お受験なんて ナターシャちゃんが その気にならなければ 始まらない話ですし――」 瞬は 沙織に向かって言ったのだが、 「それは大丈夫」 答えは、星矢から返ってきた。 魔鈴とジュネに連れられて、ちょうどラウンジに戻ってきたナターシャを、星矢が手招く。 「ナターシャ。沙織さんがナターシャに、お受験用の新しい服をプレゼントしてくれるってさ」 「新しい お洋服?」 ナターシャが ぱっと表情を輝かせて、星矢の許に駆け寄ってくる。 星矢は、とても大切な秘密の相談を持ちかける大人の顔で、ナターシャに頷いた。 「ああ。それを着て、お出掛けして、テストを受けよう。テストで ナターシャが いい点を取ると、氷河と瞬が ナターシャの立派なパパとマーマだってことの証明になるんだ」 「ナターシャが テストで いい点を取ると、パパとマーマが褒められるノ?」 「ああ」 「ナターシャ、テストで いい点取ルー!」 「そう言ってくれると思ったぜ」 星矢の話の持っていき方がうまいのか、子供は子供の心がわかるのか。はたまた、新しいお洋服の力は幻魔拳より強いのか。 ともあれ、そういう経緯で、ナターシャの某有名幼稚園のお受験は、めでたく規定のこととなってしまったのだった。 |