某有名幼稚園の お受験のメインイベント親子面談は、数時間で30組の家族の面談を完了させなければならない都合上、30組の家族が面接室A、B、Cに10組ずつ割り振られ、それぞれの面談室で同時進行で実施。
面談の順番は、くじで決められた。
瞬たちは、面談室Aで2番目。
面談終了後は そのまま帰宅していいということだったので、比較的 いい順番だったろう。

実際の面談は、あまり広くない面談室で、3on3の対面方式で行われた。
受験生側は、子供を中央に置き、子供の左右に両親の三人。
その向かい側で、テーブルに着いている面接官も三人。
カメラが設置されているのは、あとで、別室の面接官たちも交えて、この面談の様子をチェックするからなのだろう。
服装や所作を細かくチェックするためでもあるかもしれなかった。

ナターシャのお受験コスチュームは、彼女にしては地味な濃紺。
お受験カラーである白と紺に、文字通り難色を示すナターシャに、レースやフリルが多用されたロマンチックチュチュ風ワンピースで――つまりは、凝ったデザインで――何とか折り合いをつけてもらった。
色はお受験コスチュームの定番カラーの濃紺だが、歩くたびに ふわふわ揺れるチュールスカートが、ナターシャは なかなか気に入ったようだった。

氷河には、濃灰色を基調にした三つ揃いのスーツを着せた。
氷河は 何を着ても嫌味なほど似合うが、こういう場では、決まりすぎているのは かえってマイナス要因なのかもしれない。
そう考えた瞬が どんなに いじっても、スーツを着た氷河で“垢抜けない朴訥な誠実さ”を表現することは不可能だった。
こればかりは仕方がない。

そして、瞬の方は、マニッシュなパンツスーツに見える服装を、魔鈴がコーディネイトしてくれた。
それは、彼女が“合格”に賭けているからではなく――それだけではなく――、
「アテナが――おまえたちに 絶対 合格してほしいというわけではなさそうなんだが、それなりに いい成績は収めてもらいたいようなんだ。“母親の性別が普通と違う”なんて、詰まらない理由で不合格にされちゃ、たまらないからね」
という事情によるらしい。

「星矢も言っていたが、願書に母親の性別を書く欄はないんだ。おまえなら大丈夫。頑張りな」
と、魔鈴に激励されて、瞬は、競争率15倍の戦場にやってきたのである。
『おまえなら大丈夫』とは、どういう意味なのか。
あの時 魔鈴に訊きそびれたことを、ふと思い出す。
他の受験生の母親たちは皆、申し合わせたように、紺色の膝丈スカートのアンサンブルを身に着けていた。
その中で 一人だけパンツスーツの瞬は、目立つことは目立っていたが、誰も瞬の性別に疑念を抱いている様子はない。
確かに、“おまえなら大丈夫”。
喜ぶべきか悲しむべきか。瞬は 少々――否、かなり――複雑な気分だったのである。






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