想いと言葉と






[ 馬鹿らしい話だ。
こんな 阿呆面の男共のために、俺だけなら まだしも 瞬とナターシャまでが、こんなアルプスの麓のど田舎くんだりまで やってくることになるなんて。
だいたい、何なんだ、こいつらの 見るからに間抜けな顔つきと、やに下がった態度。
大したツラでもないのに、無闇やたらに気取りやがって、不愉快なツラ。不愉快な表情。しかも、二つも。

[ せっかく いいジャケットを着てるのに、兄貴はボタン全開。弟は全閉じ。
恰好をつけてるくせに、マナー知らず。
大丈夫か、こいつら。
ここは自国内だから、大目に見てもらえるかもしれないが、来賓として外国に行くこともあるんだろうに。

[ それにしても、つくづく、しみじみ、見るからに馬鹿っぽいツラ。頭の悪そうな男共だ。
こいつら、何か まともに物を考えたことがあるのか?
なさそうだぞ。
まあ、瞬とナターシャに近付きさえしなければ、こいつらの頭がカラだろうが、この国の国庫がカラだろうが、俺には どうでもいいことだが。
……近付かないだろうな? ]


一人目は、好き嫌いが はっきりしている男。
言葉にしないだけで、大抵の人間は 好き嫌いが はっきりしているものだが、彼が“大抵の人間”と違うのは、彼が自分の考えのみならず感情をも全く表に出さないこと。
普通、特に嫌悪の感情は、隠そうとするほどに、無意識に目許が引きつるとか、口許が歪むとかして、隠し通すのは難しいものなのに、彼は睫毛1本動かさない。
彼は隠そうとしていないから、逆に ここまで完璧に隠しおおせているのかもしれないな。
彼は、馬鹿な男たちのために感情や考えを顔に出すことも面倒と思っているんだ。
見事な無視。完璧な無反応。
顔の造作も、見事だ。表情がない分、作り物のようだな。

それにしても、本当に 彼が グラード財団から派遣されたエージェントなのか?
仕事のことを、何も考えていないようだが。

[ アレ? アレ? アレ?
カッコいい王子様が何人もいるっていうから、ナターシャ、12時間も飛行機に乗ってきたのに、カッコいい王子様が どこにもいないヨ?
あの茶色い髪のおじちゃんたちが王子様なのカナ?
おんなじ顔で二人いるし、いちばん偉そうにしてるし。
でも、あんまりカッコよくないヨ。
パパの方が100倍くらい カッコいい。
パパの方が きらきらで綺麗な髪。お目々もパパのが綺麗。きっとパパの方がずっと強くて、優しいヨ。

[ 変なノ。
あのおじちゃんたち、どうして いちいち 腕をくるんと振りまわして、腰に手を置いてから動くんダロ。
喋る前に、必ず 顎を くいっと上げるのは、喉が かゆいから?
エネルギーと時間の無駄なのに。
無駄な動きが多いと、その分、どっかに ぶつかって 怪我する確率も高くなるんダヨ。
よその人にぶつかったら危ないでしょって、マーマが いつも言ってル。
パパはいつも、てきぱき、さっさっ、しゃきしゃきしゃきーんダヨ。

[ んーんん。やっぱり、あの おんなじ顔のおじちゃんたちが王子様なのカナ?
変な顔。へらへら笑ってる。
それに何だか優しくなさそう。
沙織サンの嘘つき。
カッコいい王子様がいるって言ってたノニ。
だから、ナターシャ、王子様に会いに行きたいッテ、パパにお願いして、連れてきてもらったノニ。
王子様は ちっともカッコよくない。

[ ナターシャ、こーゆー人のこと、何て言うか知ってるヨ。
“タルくて ダルい”ダヨ。
星矢ちゃんが教えてくれタ。
タルくてダルい王子様が二人も。
ナターシャ、がっかりダヨ ]


小さな女の子―― ナターシャ――は、がっかりしている。
カッコいいと聞いてきた王子様が、パパよりカッコよくないから。
ああ、半べそで、本当に泣き出しそうだ。
カッコいい王子様がいると信じて、わざわざ日本から半日もかけて来たのに、あいつらが“カッコいい王子様”じゃ、呆れるほど誇大広告、期待外れもいいところだろう。
泣きたくなる気持ちもわかる。
気の毒だが、自分で見もせずに、人の評価を鵜呑みにするから、そんなことになるんだ。
自分の目と耳で 見て聞いたことだけが真実だ。
まだ小さな女の子なのに、貴重な勉強ができてよかったじゃないか。

しかし、ペテルギウスとリゲルは18歳。
まだ20歳にもなっていない青二才だぞ。
それが あんな小さな女の子にかかると、“おじちゃん”になるわけだ。
タルくてダルい おじちゃん。傑作だな。

それは ともかく、我がルリタニア王国は確かに小国だが、一応 国連にも加盟している主権を持つ独立国だぞ。
グラード財団は、その国の政府と一大プロジェクトの契約を結ぼうとしているんだ。
その視察に、こんな小さな女の子を連れてくるんだから、この子も 僕みたいに特殊能力を持った子供なのかと思っていたんだが、どうやら そうではなさそうだ。
グラード財団は何を考えているんだ?
財団総帥 城戸沙織に直接 会えないのがもどかしい。
直接 会えさえすれば、すべてわかるのに。

[ 沙織さんも随分な皮肉を――。
ペテルギウスとリゲル。
男嫌いで潔癖な処女神アルテミスをも魅了したオリオンの星座の一等星の名を冠した双子の王子。
ご両親が 何を期待して彼等に そんな名をつけたのか わかるような王子様たちだけど、これは……。
この二人は、氷河が嫌いそうだなあ。
ナターシャちゃんも喜ばなさそう。

[ 沙織さんが言っていた“カッコいい王子様”っていうのは、“沙織さん以外の人は カッコいいと言っている王子様”っていう意味だったんだ。
それとも、“カッコつけに励む王子様”かな。
沙織さん自身も あまり好意を抱かなさそうなのに。
自分のことしか見ていなさそう。
そういう人は、なぜか、自分が人に どう見られているのかを気にすることが多いけど、この人たちも そういうところがあるみたい。
“カッコいい王子様”と見られたいと思うのは悪いことじゃないけど、それで 変に恰好をつけて、“カッコいい王子様”と見られていると思い込んでいるのは、いただけない。
彼等自身のために、よくないよ。

[ あ、どこかで見たことがあるような気がしてたけど、彼等、若い頃のジュリアン・ソロに似てるんだ。
ソロ家の御曹司として、好き放題していた頃の。
外見に 似たところなんてないのに、雰囲気がそっくり。
お金持ちのお坊ちゃんって、自然に似ちゃうものなのかな。
ルリタニア王家には、あの頃のソロ家ほどの財力はないだろうけど。
彼等の周囲には、本当のカッコよさがどんなものなのか、教えてくれる人も 注意してくれる人も 叱ってくれる人も いない……のかな。
かわいそうに。

[ ルリタニアの国王陛下は、もう1年以上、具合が悪くて病床に就いていると聞いてるけど、万一の時には、あの二人のうちのどちらかが王位を継ぐことになるんだろうか。
だとしたら、いよいよ彼等を叱ってくれる人は望めなくなるかもしれない。
それが彼等の上に 不幸をもたらさないといいけど……。
政治の実務は、彼等自身が行なうわけではないにしても。

[ 二人に 優しさが欠けているように見えるのは、互いに張り合ってるから……?
沙織さんは、ルリタニアで お家騒動が起きるかもしれないって言っていたけど、あれは、この二人が王位を巡って争う可能性のことを言っていたのかな。
せっかく兄弟がいてくれるのに。
一人きりじゃないって、とても幸せなことなのに、そんなことで 兄弟が対立し合うようなことになったら、悲しいよ ]


三人目は――掴みどころのない人。
綺麗なんだけど、どんな類型にも分類できない。でも綺麗な人。
三人の中では いちばん まともなことを考えているけど、何だか、この人、普通じゃない……ような気がする。
どこが普通じゃないのかは、はっきりとはわからない。
特異な美貌の持ち主だけど、美しさでいったら、“氷河”だって相当のものだし、身辺に まとっている空気や雰囲気が尋常でないというのなら、氷河のそれだって、十分に尋常じゃない。
でも、氷河の方は、この三人目の瞬ほどには“普通じゃない”とは感じない。

これ以上ないくらい辛辣に、双子王子の人となりを評して、でも 瞬は ペテルギウスやリゲルを嫌ってはいないようだ。
逆に、馬鹿王子たちを案じて、哀れんでる……?

とにかく、今回のグラード財団の視察の代表はこの人みたいだ。
そして、視察の主目的は、プロジェクトの成功の可能性の模索というより、ルリタニア王国の政情の確認。
グラード財団って、ほんとに変わってる。
まあ、王室の人間や政府の代表より威張りくさって、人の話を聞かない頑固爺を斥候として送り込まれるよりは ましだけど。
あの辰巳というジジイの態度は最悪だった。
グラード財団の総資産がルリタニア王国の10年分の国家予算に相当するから、ルリタニア国王とグラード財団総帥の権威は同等だなんていう滅茶苦茶な理屈を振りかざして、威張りまくり。
そんな理屈を振りかざすなら、せめて国家予算50年分は欲しいところだし、そもそも あのタコ野郎は、グラード財団総帥代理ですらなかった。

そういえば、あのタコ野郎は、総帥がこの国に来ても安全かどうかを確かめるための先発部隊としてやってきたと言っていたが、今回も城戸沙織が来ないということは、我が国が安全ではないと判断されたということなんだろうか。
……まさかね。
ルリタニア王国は、人口100万足らずの小国で、主産業は農林水産業の貧乏国。
自慢は手つかずの、絵に描いたような田園風景。
平和の条件は揃っている。
国の軍隊は、王宮の衛兵隊と近衛隊のみ。
軍隊も兵器もないから、戦争はもちろん、内乱すら起こらない――起こせない。
だから、争いも諍いもないかというと、そうでもないのが、面倒なところだ。






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