「ありがとう。未来という場所で、おまえは幸せでいるのか」
「はい」
「何よりだ」
「しかし、小宇宙のせいか、年齢不詳だな。未来から来たと言っていたが、おまえは私より年上なのか? それとも、まだ私よりは若いのか」
「幾つでも先生の教え子です」
『10歳以上 年上です』と 本当のことを言ったら、それこそ泣き虫が治っていないことを心配されてしまう。
“大人らしく”答えをごまかした瞬に、
「うむ」
アルビオレは、もっと大人らしく、ごまかされてくれた。

そして、改めて まじまじと瞬の姿を見詰め、目を閉じて、瞬の小宇宙に触れる。
「よかった」
長い溜め息のように、アルビオレは言った。
『よかった』と。
「神話の時代から、アテナの聖闘士は数多く存在したし、師として弟子を育てあげた者も多くいただろうが、自分の成し遂げたことの、こんなにも確かな生きた証に出会えた聖闘士は、私の他にはいないのではないか。これほどの聖闘士を 私が育てあげたとは、誇らしすぎて信じられん」

黄金聖闘士に『神の域に達する』と言わしめた小宇宙。
神の力さえ、自身の力として駆使することもできる乙女座の黄金聖闘士。
その小宇宙に紛れるようにして、二人の黄金聖闘士が この島に近付いてくる。
ミロとアフロディーテの気配に、瞬は気付いた。
まだ上陸はしていない。
彼等は、まもなく、この島にやってくる。
既に、教皇の命は下ったのだ。
泣いている場合ではない。
瞬は、師に向き直った。

「先生。今すぐ、僕と一緒に この島を脱出してください。未来から来た僕が、彼等を倒すわけにはいかない」
「なるほど、そういうことか」
師の聡明と賢明が恨めしい。
瞬が なぜ過去にやってきたのか、瞬が何もしなければ、瞬の助言に従わなければ、自分がどうなるのか。
アルビオレは、すべてを 正確に察してしまったようだった。

「瞬。帰りなさい」
「先生。脱出してください」
あの二人に負けることはないが、二人を倒すわけにもいかない。
だが、アルビオレが 島を脱出するだけなら、瞬は何もせずに、“ただ見て、聞いて、懐かしんで”いただけだったことになる。
詭弁とわかっていても、その詭弁にすがりたい。
瞬の我儘を、しかし、アルビオレは静かに たしなめた。

「少しでも過去を変えてしまえば、おまえが築き上げた平和な世界は失われてしまうのだろう? 私の命が平和の礎となれるのなら、私は喜んで この命を宿命に捧げよう」
「先生!」
「帰りなさい」
「嫌です!」
「瞬」
「先生が この島を捨ててくれないなら、僕は彼等と戦う!」

そんなことは許されないと知った上で、この時代に、クロノスに運んでもらった。
もちろん、ただ見て、聞いて、懐かしむたけで済ませるつもりだった――済ませなければならないことを知っていた。
たった今も、そんなことをしてはいけないと わかっている。
わかっているのに――わかっているのに、この不公平、この理不尽に耐えられない。
瞬は、耐えられなかった。
取り乱す瞬に、アルビオレが、まるで小さな子供を なだめ あやすように、その頭を撫でる。
そして、彼は ほのかに微笑んだ。

「弟子に助けられて、生き延びて、そして 私に世界の運命を狂わせろと? おまえほどの聖闘士を育てあげ、世界の平和の実現に寄与できたことを知らされて、私は 今、誇らしい気持ちでいっぱいなのだ。定めに逆らって、おまえに命を救われて 生き延びて、世界の運命を狂わせるようなことが、私にできるわけがない。瞬。私から、誇りを奪わないでくれ」
「でも、僕は、先生に生きていてほしいのっ」

黄金聖闘士ではないアルビオレに、蘇りの機会は与えられない。
あるいは、彼に蘇る機会が与えられないのは、彼が彼の人生に悔いを残していないからなのかもしれない。
彼の人生には、たった一つの小さな汚点すらない。
彼は、アンドロメダ瞬、未来のバルゴの瞬を育て上げた。
彼は彼の務めを果たして、その生を終えたのだ。
彼は、生き返る必要はない。
それが悲しくて――悲しくて――瞬は、悲しくて切なかった。






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