師の腕を掴んで、跳びさえすればいい。 聖闘士の身体なら、亜光速程度の移動の衝撃になら耐えられるだろう。 瞬が そう考えた、まさに その瞬間。 「瞬、来い!」 未来からやってきた黄金聖闘士に腕を掴まれたのは、アルビオレではなく瞬の方だった。 「過去を変えて、俺たちの世界を ロスト世界のようにするつもりかっ!」 氷河の怒声。 「行きなさい、瞬。会えて嬉しかった。嬉しかったよ」 師の優しい眼差し。 氷河の瞳と同じ色の、優しく 温かい眼差し。 しかし、その笑みは一瞬で消え、アンドロメダ島も、アンドロメダ島を包んでいた波の音、青い空、白い砂も、すべてが一瞬で消え、瞬は元の時間のオリュンポス山の向こうにいた。 姿を持たない時の神の前にいた。 氷河が、つらそうな目をして、瞬の前に立っている。 ただ見て、聞いて、懐かしむだけと約束を交わしたクロノスに八つ当たりをするわけにもいかず、だが、黙っていることもできず――瞬は、血の気が失せるほど強く、両の拳を握りしめた。 「僕の先生は正しいことしかしていない! 僕の先生は正しいことしかしていない! 僕の先生は、優しくて、強くて、公明正大で、誰より優れた聖闘士で、素晴らしい指導者で、何より人間として見事な人だった。なのに、なぜ! なのに、なぜっ !? 」 胸の奥から言葉を絞り出すように、瞬が声に出して叫び訴えることができたのは、そこに氷河がいたからだった。 そこに氷河がいるから 言葉にしてしまってはならないとわかっていたのに、それでも瞬が叫んだのは、そこに氷河が――カミュの弟子が――いたからだった。 「カミュは蘇って、のんきにナターシャのおじいちゃんをしているのに、どうして おまえの師は」 最後の理性が瞬に叫ばせなかった言葉を、瞬の代わりに、氷河が言ってくれた。 瞬の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。 「そんなつもりじゃないの。カミュが生き返ったことは嬉しい。ナターシャちゃんを可愛がってくれることも嬉しい。氷河が喜んでることも嬉しい。なのに……なのに、僕はどうして……」 誰かを恨んでいるわけではない。 憎んでいるわけでも、妬んでいるわけでもない。 ただ、理不尽だと思う。 不公平だと思う。 そう思う心は、止められない。 「ああ」 氷河が瞬の肩を抱く。 泣いている瞬を 身体ごと抱き寄せ、氷河は瞬の頬を自分の胸に押し当てた。 「すまん。面倒をかけた」 瞬を玩具にしてくれた時の神に、一応 謝る。 「瞬ほどの者が……」 クロノスは、約束を破りかけた瞬を責めなかった。 『人間とは面白い』と、その言葉を黄金聖闘士たちに聞こえるように口にすることもしなかった。 クロノスは楽しんだのだろう。 瞬ほどの聖闘士が、分別を欠いた子供のように取り乱す様を見て。 瞬の肩を抱いたまま、氷河は彼等の家に帰った。 |