ホルムガルド、アルデイギャ、リュブシャ、アラボルグ、サルスコエ・ゴロジシチェ、チメリョボ。 そして、小ルーシ、大ルーシ、黒ルーシ、白ルーシ、紅ルーシ。 ギリシャの南方にあるのは海――西の大西洋に繋がる地中海ですが、ギリシャのある大陸の北方には、たくさんの国や町があることは、皆さん、ご存じですね。 皆さんが、ひとまとめに、北の国、雪の国、氷の国と呼んでいる地方のことです。 あの地方は、夏場は そんなことはないのですが、冬場には雪が深く積もって、人々の住む集落は 馬や徒歩での行き来が難しくなり、孤立しがち。 そのため、行き来自由な夏には一つの広大な国のようなのに、冬場には、それぞれに独立した小国が点在しているような状況になるのです。 それらの集落が国なのか、それとも 町なのか 村なのかということは、それらの集落に住んでいる人たちでさえ、実は よくわかっていませんでした。 ギリシャの都市国家群のように国境が厳密に定められておらず、国境どころか 独立国家と地方自治体の違いすら厳密に定義されていないので、大陸の北方では、そういったことは全く適当なのです。 この場合の“適当”は、良い意味での『適している』ではなく、あまり良い意味で使われることのない『いい加減である』『曖昧』『あやふや』の方です。 なにしろ 大陸の北方――北の大地は広すぎて、一人の王様が統治することは ほぼ不可能なのです。 点在する集落は 大小様々。 それらの集落に住んでいる人たちの性格や価値観も 色々様々。 それらの集落で いちばん偉い人や強い人は、自分を王だと言ったり、町長だと言ったり、村長だと言ったり、それも あれこれ様々。 神様も、南方のギリシャに負けず劣らず たくさんいて、けれど、『この集落は神様αの領域』、『あの集落は神様βの支配地』というように、きっちり決まってはいませんでした。 その辺りも、かなり適当――『あやふや』や『曖昧』の方の適当――です。 天の神様や大地の神様や海の神様が、鳥の神様や花の神様や魚の神様より 勢力が弱かったら、おかしなことになってしまいますから、それなりに定まっている力関係はありましたが、同じ一つの集落で南風の神様と北風の神様が覇を競っていたり、逆に、どんな神様にも気に掛けられていない集落があったりと、色々 ごちゃまぜでした。 とはいえ、神の命は永遠、人間の命は有限。 神様と人間は別の生き物ですから、神様と人間が交わったり 接することは、滅多にありませんでした。 神様と人間は、基本的に、神は神、人間は人間で、それぞれのコミュニティを作って暮らしていたのです。 時々、強い力を持つ神様が 非力な人間の美女や美少年に恋をして 騒ぎを起こすことはありましたけれどね。 そんな北の地に、国のような町のような、一つの集落がありました。 集落の名は小ルーシ。 人口が10万人ほどの集落で、王様と呼ばれる人もいましたので、とりあえず国ということにしておきましょう。 小ルーシの“小”は、世界の中心であるアテナイの国からの距離が小さいという意味で、大ルーシより小さいから小ルーシなのではありません。 大ルーシより 都会なので、小ルーシです。 食料豊富な南方とは違いますから、北方で 人口10万というと、かなり大きな国です。 小ルーシの都の中心には、立派な大通りがあって、その通りの両脇には、たくさんのお店が並んでいました。 パン屋さんに青果店、魚屋さんに肉屋さん、洋服屋さんや雑貨屋さん等々。 学校もあり、病院もあり、役所も王族が暮らす宮殿もありました。 小ルーシは、北方では有力な国の一つだったのです。 世界で最も繁栄しているギリシャのアテナイの人口が15万(そのうちの6万人くらいは奴隷で、市民とその家族は8万人だけ)ですからね。 文化の程度は違っても、小ルーシは なかなか侮り難い国だったのです。 さて、そろそろ本題に入りましょうか。 いよいよ、お話の主人公たちの登場です。 小ルーシには、花のように美しいというので有名な兄弟がいました。 金色の髪の氷河と、澄んだ瞳の瞬。 二人は、美しいということ以外 似ているところが一つもなくて、血が繋がっていないという噂もありましたが、小さな頃から同じ家で一緒に育った、とても仲のいい二人でしたから、そんなことはあまり重要な問題ではなかったでしょう。 二人は、小ルーシの中心地から外れた浜辺の方にある、家というより小屋と言った方がいいような家(小屋)で育ちました。 小屋といっても、華美ではないというだけで、シベリア産の松や杉でできた頑丈な家ですよ。 大きな家でも 広い家でもありませんでしたけれどね。 お父さんは いませんでした。 二人を育ててくれたのは、マーマの優しさと巧みな裁縫の腕。 氷河たちのマーマは、サハ刺繍の名手だったのです。 マーマが刺繍で描き出す植物や動物の図柄は、とても緻密で綺麗で芸術的。 お金持ちのお嬢様やお姫様のドレスや小物に必須。 小ルーシや北の国々の お金持ちの令嬢たちだけでなく、南方の国々からも 注文が舞い込んでくるほどでした。 マーマが どれほどの名人で、どんなに手際がよくても、一人でできる仕事量には限りがありますから、一家の暮らしは つましいものでしたけれど。 残念ながら、氷河たちは、マーマの裁縫の才能を受け継いではいなかったので、お手伝いもできません。 何もなければ、氷河と瞬は、継ぐべき家業のない小ルーシの男子の例に洩れず、貧しい漁師として一生を終えていたかもしれませんでした。 けれど、ある年の春。 二人の人生を変える出来事が起こったのです。 それは、氷河が10歳、瞬が8歳の4月初旬。空が 真っ青な ある日の午後のことでした。 |