転校生は(星矢にとっては)残念なことに、期待外れだった。
見るからに危険物。ちょっとした刺激で爆発しそうな一触即発物件と思われた転校生は、だが、星矢が期待するような面白い芸を全く見せてくれなかったのだ。
喧嘩は愚か、ちょっとした鍔迫り合い、鞘当てもなし。
転校生が見かけに反して内気で大人しい消極的な生徒だったからではない。
転校初日に顔を見せて以来、翌日から彼は学校に登校してこなかったのだ。
それでは面白い見世物など、期待できない。
だからといって、期待外れの転校生に腹を立てるほど、星矢は心の狭い人間ではなかったが。
転校生が期待外れだった分、氷河が星矢を楽しませてくれていたのだ。

シャープペンシルの芯を買いに行こうとしていた瞬に、荷物持ちとして お供をすると言って断られたり、ならばボディガードとして同行すると言い張って、アテナの聖闘士としてのプライドを傷つけられた瞬と対戦し、どちらが強いかを確かめる羽目に陥ったり。
氷河ほどの芸を、ぽっと出の転校生に期待したのが間違いだったのだと、星矢が反省し始めていた、その週末。
昼近くになってから起床した星矢は、瞬と氷河が城戸邸内にいないことに気付いて、大慌てに慌てることになったのである。

紫龍に尋ねると、
「散歩に行くという瞬に、凝りもせずボディガードを志願して断られ、結局、氷河は 気配を消して瞬を追いかけていったようだ」
とのこと。
「それ、ストーカーって言わないか」
呆れた口調で、そう言いながら、すぐさま 氷河のあとを追う星矢はストーカーではないのか。
紫龍が そのあたりの見解を星矢に尋ねようとした時には 既に、星矢の姿は城戸邸内から消えていた。


城戸邸は、東京23区内でありながら 平日休日の別なく閑静な某高級住宅地にある。
付近の住人のほとんどは、移動に車を使い、公共の乗り物を利用しない。
そのため、住宅地としては一等地に分類されているにもかかわらず、最寄り駅までは距離がある。
一般人の歩行スピードで 25分、距離にして 2キロ弱。
駅から電車に乗られてしまうと 追跡は不可能だが、散歩と言って出ていったのなら、気配は追えるはず。
そう考えて瞬をストーキングする氷河を追った星矢が 目標物を見付けたのは、駅前のカフェテリア。
高級住宅街には住めないが、高級住宅街に住む人間の気分を味わえるというので庶民に人気の店――の外の歩道の脇に立つ、駅周辺案内板の陰だった。
氷河当人は案内板の陰に隠れているつもりらしいのだが、体格、容貌、雰囲気が派手すぎるせいで、怪しさ全開。目立ちまくっている。

「氷河。おまえ、こんなとこで何してんの」
見た目は氷河ほど派手ではない星矢が近付くことで、むしろ氷河は 周辺の光景に溶け込むことができたかもしれなかった。
氷河は一瞬、『おまえこそ、こんなところで何をしている』と反問したそうな顔になったが、その質疑応答の無意味を悟ったのか、言いかけた言葉を 実際に声にすることはしなかった。
言葉の代わりに視線で、庶民に人気のカフェの歩道に面した窓の一つを示す。
そこに、瞬の横顔があった。

「瞬が、あの反社会勢力男に脅されている」
そして、瞬の向かいの席に着いているのは、なんと期待外れの転校生。
瞬は全開の笑顔だった。
転校生の方も、もともとが野性的な作りなので断言はできないが、穏やかな表情をしている(ように、星矢には見えた)。

「あれは、楽しそうに談笑してるっていうだろ。なんか、滅茶苦茶 仲良さそうだな」
「瞬は あいつに脅されているんだ。他に考えられない。あの男、顔つきが最悪だ」
「顔つきは最恐で最凶だけど、目つきはデレてないか」
「それがいちばん危ない」
氷河的には、自分の同行を拒んだ瞬が、自分に隠れて(?)会っている男が悪者でないはずがない――という思考なのだろう。
世界のすべてを 自分に都合のいいように見る氷河らしい思考と言えば言えた。

「あの男を倒さなくては」
「なんでだよ」
「瞬の身を守るためだ」
「瞬はアテナの聖闘士だぞ」
氷河に守ってもらうまでもなく、瞬は強い。
氷河は何を言っているのかと、さすがの星矢も思ったのである。
氷河は自分の言いたいことだけを言う男だということは 知っているのに。

だが、
「瞬は優しいから、敵を倒せない。俺が倒してやらなければならない」
氷河には氷河の理屈があるのだ。
「そういうこともあるかもしれないけどさ。んなこと、許されるわけないだろ。アテナの聖闘士にとっては、反社会的勢力の一員も一般人。殺気も攻撃性も だだ漏れだが、奴は一般人なんだよ」
「瞬を守るのが、俺の務めだ」
「おまえの務めはアテナを守ることだろ」
「俺たちが 俺たちより強いアテナを守るなんて、滑稽の極みだ」
それはその通りだが、『瞬も、おまえより強いよ』という事実は、氷河は頑として受け入れないのである。
それは、自分に都合の悪い事実だから。

この我儘振り。
星矢は目眩いを起こしそうなほど、楽しくてならなかった。






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