「瞬、おまえ、あの転校生と いつのまに親しくなったんだよ? あいつ、転校初日に登校したきり、一日も学校に来てないはずなのに。駅前のおしゃれカフェで、おまえと転校生が一緒にいるとこ見て、俺も氷河も思わず二度見しちまったぜ」
その日、それから2時間後、ごく普通に散歩に出掛け、ごく普通に散歩から帰ってきたふうを装っている瞬に、星矢が真正面から単刀直入に切り込んでいったのは、瞬に『転校生のことなど知らない』と白を切られる事態を避けるためだった。

『転校生に会う』と言わずに『散歩に行く』と言い、毎度のこととはいえ、氷河の お供を断固拒否して城戸邸を出ていった瞬。
つまり 瞬は、転校生との待ち合わせを 仲間たちに隠そうとしたのだ。
へたに婉曲的に事情を聞き出そうとすると、ごまかされる恐れがある。
瞬が転校生と会っているのを、俺は 自分の目で確かに見た。俺だけでなく、氷河も見た。
その事実を前面に押し出し、その事実を前提に話を始めることで、星矢は 瞬の『人違いでしょう』を、完璧に封じたのだった。

『人違いでしょう』『見間違いでしょう』『他人の空似でしょう』を完全に封じられた瞬が、ラウンジのセンターテーブルを挟んで真向かいのソファに座っている星矢の顔を、一度 まじまじと見る。
それから、その斜め後方に立っている氷河の顔を 同じだけの時間 見詰めた瞬は、最終的に『ごまかせない』と判断したようだった。
短く吐息してから、瞬は心持ち 肩を丸めた。

「沙織さんに注意するよう言われた人が、ずっと学校に来ないんじゃ、沙織さんの命令を遂行できないでしょう。最低でも、病気や怪我で登校できずにいるのか、学校に問題があっての不登校なのか、ただの怠惰なのかだけは確かめておこうと思って、沙織さんに 彼の自宅住所を教えてもらったの」
「まさか、おまえ一人で、あの男の家を訪ねたのか !? あ……危ないじゃないかっ! な……何もされなかったろうな!」
アテナの聖闘士に向かって、氷河は何を言っているのか。
本気で瞬の身を案じているらしい氷河に、星矢は ある種の感動を覚えてしまったのである。
氷河の目には、瞬が、鎖に繋がれた か弱い姫君に見えているらしい。
お姫様の方は、氷河が何を心配しているのか わからないらしく、血相を変えている氷河に、逆に心配顔を向けている。

「彼……一輝さんは、学校が毎日 行かなきゃならないものだと思っていなかったんだって。生協でテキストを買ったら、化学と古典以外は 改めて学ぶ必要を感じなかったとかで。僕、学校は、勉強するだけじゃなく、お友達を作る場所でもあるから、できるだけ登校してくださいって、お願いしてたんだよ」
「もしかして、あいつ、帰国子女どころか、学校に通うのが初めてってパターンなのか !? 」
呆れたような声をあげた星矢に、
「それは俺たちも似たようなものだが、学校というものは 基本的に毎日 通うものだということくらいは、俺たちでも知っているぞ」
紫龍が補足のコメントを付す。
氷河だけが、『それがどうした』と言わんばかりに、瞬と転校生の密会への怒りを堅持し続けていた。

「アテナの命令遂行のために あいつに会いに行ったというのなら、俺が一緒でも何の問題もないはずだ。もし本当に アテナの命令遂行のためだったなら、なぜ俺の同行を あんなに拒んだんだ」
「それは……」
氷河の指摘に、瞬は明白に怯んだ。
そして、答えに窮する。

「さすが、恋する男は鋭い」
紫龍が感じ入ったように呟いたのは、彼自身が、『瞬は アテナの聖闘士として、アテナの命令を遂行すべく、瞬らしい勤勉さで 手抜きをせず、自分にできることを行なったのだ』で、瞬の極秘散歩を理解・納得しかけていたからだったろう。
だが、氷河の指摘通り、それなら瞬は極秘で散歩をする必要はなかったのだ。

「へー。ああいうのが、瞬の好みなんだ! 氷河とは正反対のタイプじゃん。氷河に比べたら、俺の方が ずっと瞬のタイプじゃね?」
星矢は決して 氷河を出し抜いて 瞬とそういう仲になりたいわけではない。
星矢は ただ思ったことを、率直に(空気を読まずに)口にしただけだった。
そして、星矢は、ただ単に、平和な世界に嵐を巻き起こす才能に恵まれすぎるほど恵まれている男なだけなのだ。
才能豊かな星矢が嵐の予感に囚われたのは、砕けない程度に優しく、氷河に頭を張り倒されてからだった。






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