知らない街。 周りのビルの窓の灯りや自動車の灯りがいっぱいあったから 暗くはないんだけど、空は黒くて、お星様もお月様も見えない。 きっと、今は子供が外にいちゃいけない時間ダヨ。 なのに、ワタシは、おうちにいなくて、外にいる。 一人ぽっちで外にいる。 ワタシは心細くて、泣きたくて、だから、泣いたの。 泣きたくなかったけど、涙が勝手に目から あふれてきた。 ココはドコナノ。 パパはドコ。ワタシのパパはドコにいるの。 何か悲しいことがあったから、ワタシは一人ぽっちなのカナ。 ワタシは一人ぽっちで、子供が外にいちゃ駄目な時刻に外にいたんだから、パパは死んじゃったのかもしれないって、その時 ワタシは思った。 パパが生きてるなら、ワタシを そんなところに一人ぽっちで置いとくはずないモノ。 ワタシのパパはもういなくて、ワタシがいくら呼んでも、答えは返ってこなくて、ワタシはずっと一人でいなきゃならないんだって、その時、思った。 思ったら悲しくて、また涙が出た。 でも、パパはいたんダヨ。 「ここにいるよ」 って言って、パパは私を、最初は ふんわり、次に ぎゅうって、抱きしめてくれた。 パパがいてくれて、ワタシが どんなに嬉しかったか。 ワタシが どんなに安心したか。 ワタシは一人ぽっちじゃなかったんダヨ。 ワタシは、ほんとに ほんとに安心した。 綺麗であったかいパパ。 パパは、ワタシに、ナターシャっていう名前をくれた。 パパのおかげで、ワタシはナターシャになれた。 名前をくれた人がパパだよ。 パパ。ナターシャのパパ。 綺麗でカッコよくて、スタイルもよくて、あんまり お喋りじゃないけど、目が とっても優しい、ナターシャのパパ。 ナターシャはパパが大好きになって、パパがナターシャのパパだってことが嬉しくて、パパがナターシャのご自慢なように、ナターシャもパパのご自慢のナターシャになるって決めたんダヨ。 パパのおうちは、トーキョーの光が丘っていうところにあった。 パパのお勤め先は、押上っていうところにあって、それはスカイツリーの近所。 ナターシャが、 『だったら、スカイツリーをおうちにすればいいのに』 って言ったら、パパは、 『スカイツリーに住んでも、あんまりいいことはないからな』 って。 『スカイツリーにはなくて、光が丘にはある いいことって、なぁに?』 って、ナターシャ、パパに訊いたんダヨ。 そしたら、パパは、ナターシャを、近所の大きな公園に連れて行ってくれた。 光が丘には、とっても素敵で楽しい公園があったんダヨ。 思いきり走り回れる芝生広場があって、あちこちに いろんな種類のお花が たくさん咲いてて、ちびっこ広場には遊具がいっぱい。 すべり台にブランコ、ネットクライミングや スリル満点のターザンロープ。 パパは、ナターシャが好きなものが何なのか、ちゃんと知ってるんダネ。 さすがは ナターシャのパパ。 ナターシャは 滅茶苦茶 嬉しくなっちゃったヨ。 光が丘のパパのおうちには、最初はナターシャのものは何もなかった。 ベッドもお洋服も新しく買わなきゃならなくて、初めてパパのおうちに行った日、『明日、買い物に行こう』って、パパとナターシャは約束した。 パパと二人でお買い物! ナターシャは、嬉しくて うきうきしたヨ。 でも、お買い物に行くのは、パパとナターシャの二人だけじゃなかった。 パパは、ナターシャの お買い物に あどばいざーを呼んだの。 それが、瞬ちゃんだった。 パパは、ナターシャのために何を買えばいいのかわからないから、瞬ちゃんを呼んだんだって。 「ナターシャちゃん? はじめまして。僕は瞬だよ」 次の日、パパとナターシャのおうちに来て ナターシャの前にしゃがんで ご挨拶してくれた瞬ちゃんは、とっても優しそうで、すごく綺麗だったけど、ナターシャは黙ってた。 だって、ナターシャは、パパと二人で お買い物に行きたかったんだモノ。 よその人は一緒じゃない方がよかったんダヨ。 よその人は よその人だカラ。 パパのばかっ! って、ナターシャ、ココロの中で思ったヨ。 「当座に必要なものを買い揃えようと思うんだが、着替えとベッドと、他に何があればいいのか、皆目 見当がつかなくてな。おまえなら いいアドバイスをくれるかと思って」 って、パパは、なんだか いたずらの言い訳するみたいな顔と声で、瞬ちゃんに言った。 『そんなの、ナターシャに訊けばいいのに変なの』って、ナターシャは思ったんダヨ。 お洋服とベッドの他に必要なものなんて、決まってる。 バッグと靴とおリボンダヨ。 ナターシャは、パパに そう教えてあげようとしたんだケド、タッチの差で瞬ちゃんが先に話し出した。 「ナターシャちゃんは 3、4歳くらいかな。食事はもう大人と同じものを食べられるし、自分の足でしっかり歩ける歳だから、幼児食や 移動のための道具は考えなくていいと思うよ。……そうだね。とりあえず、パジャマと 高さを調整できる子供用の椅子、割れる心配のない食器、刺激の少ない石鹸、歯磨きと歯ブラシ、体温計と、救急・応急用品の入った救急箱、履いていて疲れない靴、子供用のスリッパ、ヘアブラシ――」 瞬ちゃんは、ナターシャの顔を見ながら思いついたものを いろいろ言ってるみたいだったけど、ナターシャが使うものなのに、ナターシャ、そんなの、全然 思いつかなかったヨ。 ナターシャでも座れる椅子と ナターシャ用のお皿やお茶碗、歯磨きと歯ブラシ。 そうダヨ。ないと困るヨ。 「お出掛け用のバッグと水筒、シャンプーハットもあった方がいいかな。玩具と筆記具と絵本。ハンカチとおリボンも何種類か買おうか」 バッグと おリボン。 おリボンは大事ダヨ。 ナターシャが力一杯 頷くと、瞬ちゃんは、 「ナターシャちゃんは おしゃれさんなんだね」 って言って、楽しそうに笑った。 「氷河、着倒れしないようにね」 って。 “キダオレ”っていうのが何なのか、ナターシャは知らなかったんだケド、『そんなことも知らない子』って思われるのがイヤだから、訊かなかったノ。 きっと、おしゃれさんがかかる病気のことだと思ウ。 瞬ちゃんは、光が丘病院にお勤めしてる お医者さんなんだって。 おうちも パパとナターシャのおうちの近くで、パパと瞬ちゃんは これまで ほとんど毎日、パパのおうちと瞬ちゃんのおうちを 行ったり来たりしてたんだって。 綺麗で優しくて、いつも にこにこしてて、ナターシャは 瞬ちゃんのこと、嫌いじゃなかった。 どっちかといえば好きだと思った。 でも、パパが、ナターシャといる時より瞬ちゃんといる時の方が嬉しそうで、りらっくすしてて、ナターシャより瞬ちゃんを頼ってるみたいで、だから ナターシャは ちょっとムッとしたんダヨ。 それに、ナターシャ、パパが、ナターシャのことで瞬ちゃんに謝ってるのを聞いちゃったから。 |