氷河物語






『竹取物語』は、どなたも ご存じのことと思う。
記紀を知らない日本人はいても、『かぐや姫』の話を知らない日本人はいない。
『竹取物語』は、本邦最初の“物語”。そして、本邦最初のSFと言われることもある作品。
SFというなら、日本神話をまとめた古事記や日本書紀の方こそが、その呼び名に ふさわしいという考えもあるかもしれないが、神話とSFは やはり別物だろう。

ちなみに、竹取物語の作者は未詳。
時の政権に対して批判的な記述が作中に散見されるため、時の政権の主流である藤原氏に属さない、教養ある貴族の男性であったろうと推測されている。

ところで、ここ数年の間に、この竹取物語と同時期に書かれたと推測される、竹取物語の原典とも亜流とも言われる作品の写本が、日本国のあちこちで見付かっていることをご存じだろうか。
そのタイトルを『氷河物語』という。
原本が見付かっていないので、当該作品が 竹取物語に先んじて書かれたものなのか、竹取物語のあとに書かれたものなのかは定かではない。
二つの作品には類似点も多く、ために、竹取物語の作者が、竹取物語の初稿として書き、途中で放棄したものが『氷河物語』なのではないかと考える研究者もいる。

『氷河物語』は、失われている箇所が多くあり、また、竹取物語に比して、そのストーリー展開に 相当の無理があるので(脱力を誘うほど 馬鹿馬鹿しい展開があるので)、竹取物語の作者が、あまりの駄作振りに 発表を控えた試作品に違いないと考える研究者の意見にも頷けるものがある。
そのように、『氷河物語』は、文学的価値は あまり高くないとされてきた作品だった。

ところが。
『氷河物語』に ラテン語起源の名の人物が登場すること、日本国内では人間の生活圏に“氷河”や“氷壁”が存在しないこと等を指摘して、当該作品の起源を、日本列島がユーラシア大陸と地続きだった頃に、シベリア経由で日本に伝わった物語を 平安時代初期の知識人が書き記したものとする論文が2年前に発表され、それ以降、『氷河物語』は、国文学 及び 文学史のみならず、歴史(考古学)の分野にまで影響を及ぼす存在になった。
もしかしたら、ただの書き損じのボツ原稿だったかもしれない作品も、千年経てば、貴重な歴史資料になるという好例だろう。

その『氷河物語』。
冒頭は、

今は昔、氷原の貴公子というものありけり。
氷壁に挑みて 氷を取りつつ、よろづのことに使いけり。
名をば、白鳥座の氷河となむいいける。
その氷壁の中に、もと光る氷が一筋ありける。
あやしがりて、寄りて見るに、氷の中光りたり。
それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうていたり。

――と言った調子で始まるのだが、今回は 作品の存在と内容を広く多くの人に知ってもらうことが目的であるため、わかりやすく現代文、口語体で、紹介させていただく。
数ヶ所、現代にしか存在しない言葉が使用されているが、これは訳者である私が、原文における作者のSF的造語を現代語に置き換えたものである。
その点、お含み置きいただきたい。
では、『氷河物語』の本邦初の現代語訳、ぜひ 竹取物語との類似点と相違点を意識しながら、読んでください。






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