女性は無闇に家族以外の人に顔を見せてはならないことになっている。 五人の貴公子はもちろん 星矢と紫龍も、御簾の向こうにいるはずの、天女もかくやの かくや姫のご尊顔を拝することはできなかった。 だが、それでも、何となく――空気で、かくや姫の姿の美しさと 心の清らかさは感じ取れたのである。 御簾越しに伝わってくる気配が 途轍もなく優しいのだ。 そんなことがあるはずはないのに、その気配に 花の香りすら感じる。 その上、まるで穢れを知らぬ童女のように 明るく無邪気な屈託のなさ――。 姫の心身の美しさは、五人の貴公子たちにも感じ取れているようだった。 このゲームの勝者に与えられる賞品の価値を認めた貴公子たちの瞳に、満足と本気の光が宿る。 それが大いに気に入らなかったらしい氷河は、五人の貴公子たちとは逆に、思い切り不機嫌な目つきになった。 不機嫌な声で、姫が 五人の貴公子たちに求める条件を、姫に代わって彼等に伝える。 氷河の言上には、時候の挨拶どころか、『こんにちは』もなかった。 「冥府皇子は、宇宙を閉じ込めた神の鉢。双魚宮皇子は、石でできている薔薇の花。右大臣笛音御主人は、音楽を奏でる木の枝。中納言石盾麻呂は、火にくべても燃えない火鼠の毛皮のコート。大納言威緒御行は、六変化する動物のオブジェ。我が娘は、貴様等が それらを探して持ってくることを希望している」 自分より はるかに身分の高い貴公子たちに、氷河は敬語も使わなかった。 その名に敬称をつけることすらしない。 貴公子たちは、だが、そんなことで氷河を咎めたりはしなかったのである。 氷河が かくや姫の父親だから――ではない。 彼等が寛容な人物だったからでもない。 そうではなく――貴公子たちは氷河の無礼に気付かなかったのだ。 自分に与えられたミッションを 見事 やり遂げた時、自分に与えられる ご褒美に意識を囚われ、心を奪われ、他のことはどうでもよくなっていたから。 「姫の欲しいものを手に入れてきた者が、姫を妻にできると思っていいのだな?」 と問うたのは石盾麻呂。 氷河は、それには何も答えなかった。 「期限は3ヶ月。期限を設けるのは、入手困難な宝を 何年も探し続けて、結局 徒労に終わった時の貴公等の空しさを憂うからだ。無理と感じたら、さっさと諦めることだな。3ヶ月後の今日、この館で、互いに 公平に結果を確認し合うことにする」 氷河が示したミッションに、貴公子たちから異議申し立てがなかったのは、世にも稀なる美女の結婚には、この手の試練が設定されるのが お約束だということを、貴公子たちが承知していたからだったろう。 美女の婿取り譚とは、こういうもの。 達成困難なミッションは、ご褒美である姫が美しく 価値ある存在であることの証左。 『大事なのは、二人の心、愛の有無だろう』などと言い出す男は、与えられたミッションをクリアする自信も才覚もない無能な男であり、最初から 価値ある姫に求婚する資格のない男なのだ。 自信家の貴公子たちは、もちろん、氷河の示したミッションに 文句も言わず、早速 自らのゲームを開始した。 |