難しいミッションは、価値ある美女の婿取り譚の常道、お約束。
だから、無問題。
問題なのは、かくや姫が貴公子たちに求めた宝が、どれも実在しないものだったことだろう。
当然のことだが、五人の貴公子たちは五人全員が 自らのミッションに失敗したのだ。
3ヶ月後、氷河の館に再度 集合した五人は、誰も かくや姫が求めた宝を その手にしてはいなかった。

宇宙を閉じ込めた神の鉢を求められた冥府皇子 曰く、
「大陸の西にある建陽付近の窯で、宇宙を閉じ込めた曜変天目茶碗が作られているということだったので、直接 足を運んだのだが……。宇宙が見える鉢は 美しすぎて不吉だというので、すべて壊されてしまっていた」

石でできている薔薇の花を求められた双魚宮皇子 曰く、
「大陸の北にあるルーシのウラル地方の銅山に石の花が咲いているというので探しに行ったのだが、それは孔雀石に現れた花のような模様のことだった……」

音楽を奏でる木の枝を求められた右大臣笛音御主人 曰く、
「蓬莱山に、光をエルネギーに変えて 妙なる楽の音を響かせる巨木が立っているというので、山の麓まで出掛けていったんだが――植物なので、枝を折れば 即座に死に――枝は 楽の音を奏でなくなってしまうらしい」

火にくべても燃えない火鼠の毛皮のコートを求められた中納言石盾麻呂 曰く、
「大陸の南、史国が火鼠を産する国だというので、南方から着いた船が積んでいた毛皮を すべて買い占め、燃えるか燃えないかを試してみたのだが、燃えない毛皮など一つもなかった……」

六変化する動物のオブジェを求められた大納言威緒御行 曰く、
「この近所に、六獣合体ゴッドトルネードというオブジェを受注販売していた、番台南無庫という超絶技巧を持つ伝説の職人がいたそうなんだが、注文が一つも入らずに夜逃げしてしまったらしい。代わりに、クマとハチとワシとオオカミとコウモリとヘビのヌイグルミを作ってきた」

「お手軽な代替品だな」
威緒御行が御簾の前に並べた6種類の動物のヌイグルミに、氷河は嫌味を言った。
もとい、氷河は嫌味を言ったわけではなかった。
第三者の耳には嫌味にしか聞こえなかったろうが、氷河自身に そのつもりはなかった。
氷河は、心の底から感心したのである。
入手困難な宝だから、高貴な美女を妻に迎えるための条件になり得るのだ。
それを、こんな、どこの家の女房たちにも作れそうな玩具で代用しようとする、威緒御行の呆れた度胸に。

他の四人の貴公子たちは失笑していたが、氷河は 感嘆し、感動さえしていたのだ。
もちろん、その“感動”は『これで、姫を この男たちに渡さずに済みそうだ』という安堵あってこその“感心”だったが。
ところが、そこに。

「可愛い クマさん! ナターシャ、それが欲しいヨ!」
御簾の向こうから転がるように出てきた、小さな人影。
そして、その人影を追いかけるように、
「ナターシャちゃん! 女の子は、家族でない よそのおうちの男の人に顔を見せちゃ駄目なんだよ!」
浅緑色の狩衣を着た、細身の若い姫君が登場。

若い男装の姫は、どうやら、御簾の奥で じっとしているのが苦痛でならない活発な女の子を大人しく座らせておくために、ずっと難儀していたらしい。
威緒御行の前にある動物のヌイグルミを手に取って笑顔全開の幼女を見て、男装の姫君は、彼女を御簾の外に出してしまった 自らの失態を苦く思っているような表情を浮かべていた。
その浅緑色の狩衣をまとった男装の姫君が、実は男装の美少女ではなく、ただの絶世の美少年だったことが、事態を、(ある意味では)ややこしくしたのである。

「瞬!」
星矢が素頓狂な声をあげる。
それは星矢たちの幼馴染みの瞬だった。
幼女と瞬が出てきた御簾の奥には、もう誰の姿もない――そこにいるはずの かくや姫はいない。
姿の美しさと 心の清らかさに、童女のような明るさ無邪気さを併せ持つ、花の香りのする かくや姫。
その影も形も、そこにはなかった。
それは二つの人間に分裂してしまったのだ。
「これは、どういうことだよ!」

星矢が ほとんど怒声といっていいほどの大声で氷河を責めたのは、その糾弾を五人の貴公子にさせると、氷河の立場が悪くなると考えてのことだった。
へたをすると氷河は、いもしない美女をエサに、五人の貴公子から宝を巻き上げようとした大詐欺師ということになってしまう。
それで役人に捕まり処刑されてしまう氷河を見るのは、自業自得とはいえ、友人として忍びない。
星矢は――紫龍も――咄嗟に そう考えたのだ。

そんな星矢の気遣いと焦りなど どこ吹く風。
氷河は、至って飄々としたものだったが。
「俺が氷壁で拾ってきた小さな子供というのは、このナターシャのことだ。もちろん、こんな小さな子供が あっというまに 妙齢の女性になるわけがない。常識で考えろ」
『常識で考えろ』
そんなセリフが氷河の口から出てくるとは。
だが、確かに、常識で考えれば、それは あり得ないことだった。

「しかし、天女も かくやとばかりの美しい姫君の目撃証言が幾つも――瞬のことか!」
紫龍が、自分の発した疑問に、自分で答える。
一瞬の自問自答、一瞬の自己完結。
事情を知らぬ者たちは、『天女も かくやとばかりの美しい姫君 =(かくや姫) = 氷河が拾ってきた子供(= ナターシャ)が成長した姿』と思っていたが、正しくは、『天女も かくやとばかりの美しい姫君 = 瞬 =(かくや姫)≠ 氷河が拾ってきた子供(=ナターシャ) = (氷河にとっての)姫』だったのだ。
天女も かくやとばかりの美しい姫君というのは瞬( =男子)のことで、氷河が拾ってきた子供とは全くの別人だったのである。

「俺一人で、小さな女の子を育てるのは無理だから、ナターシャのマーマになってくれと瞬に頼んだんだ。瞬の姿を覗き見た勘違い野郎が、この館に 天女も かくやとばかりの美しい姫がいると、無責任な噂を流したんだろう」
「なんで誤解を解かなかったんだよ! せめて、俺たちに教えておいてくれれば……!」
教えておいてくれれば、どうなったというのか。
五人の貴公子を巻き込んだ大騒ぎは起こらずに済んでいただろうか。
それは期待できない話というものだった。

彼等は暇を持て余した有閑貴族。
何よりも 暇潰しの材料を、彼等は求めていたのだ。
ゲームの勝者に与えられる ご褒美は、彼等の身分と地位にふさわしく 美しくさえあれば、それが 美しい姫君か美しい少年かということは、彼等には 二の次三の次の問題だったに違いない。

「貴様等に事実を教えずにいたのは、機密情報漏洩を避けるためだ。ナターシャのマーマになってくれと、俺が瞬に頼んだことが、おまえら経由で一輝に知れたら、京の都に血の雨が降ることになるからな」
星矢への答えに、
「なるほど」
と頷いたのは、紫龍だった。

常識で考えれば あり得ない非常識な誤解からくる流言飛語が京の都を席捲し、ために大騒動が起き、身分の高い貴公子たちが宝探しの冒険に出ることになろうとも、真実を知った瞬の兄が、最愛の弟を幼女のマーマにされた怒りに燃えて 氷河の館に乗り込んでくるよりは ましである。
氷河が一輝に殺されるのは自業自得だが、現実に そうなった時、父を伯父に殺された幼いナターシャが その胸に負うことになる傷の深さは 計り知れない。
これは何としても秘密にしておくべきことだった。

「ナターシャは、クマさんが気に入ったヨ。ナターシャは威緒御行に デイノケイルスとトロオドンのヌイグルミも作ってもらうヨ!」
「まさか、この五人の中に ナターシャの気に入る男がいるとは思ってもいなかったぞ。では、この勝負の勝者は大納言威緒御行ということで。威緒御行は、デイノケイルスとトロオドンのヌイグルミを追加で作ってくれ」

氷河は、貴公子たちの意思も意向も希望も確かめず、このゲームを『勝者 威緒御行』で終わらせてしまった。
かくや姫の正体が わかった今、威緒御行以外の貴公子たちには それで何の不満もない。
威緒御行は、後日 デイノケイルスとトロオドンのヌイグルミを作って、ナターシャ姫に届けたということである。






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