小人の天球儀






地球のない地球儀。
それが、私が初めて天球儀を見た時に思ったこと。天球儀の第一印象。
それは、地球の代わりに、縦に、横に、斜めに、平たいのや細いのや太いのや、いろんな金属の輪っかが幾つも組み合わさって 骨だけのボールを作ってる、地球のない地球儀だった。
その幾つもの金属の輪っかが、天の赤道だの、黄道だの、子午線だの、緯線だのっていうのを表してるんだって、高校生のお兄さんやお姉さんたちが教えてくれたけど、私には その意味が 全然わからなかった。
テンのセキドウって、何?

でも、もう一つの子供用天球儀の方は、誰かに説明してもらわなくても、それが何なのかは 、私にもすぐに (だいたい)わかった。
地球儀の地球の表面に、世界地図じゃなくて星座がいっぱい描いてあるの。
地球を大きな透明なポールで包んで、その透明ボールに空の星を写し取ったものだと思えばいいって、教えられた。
星座や星雲や天の川が描いてある天球儀は、スイッチを入れると紺色の天球の中にある電気がついて、すごく綺麗な光の置物になった。

二つの天球儀は、グラード財団っていう会社(なのかな?)が、子供たちに天文学に興味を持ってほしいからって、日本中の児童養護施設にプレゼントしたんだって。
この三ツ星学園にも。
二つの天球儀が遊戯室に飾られた時、宇宙飛行士や天文学者になりたい男の子たちは夢中で群がって、その熱気がすごくて、女の子たちは せっかくのプレゼントに ほとんど近付けなかった。
私も近くで見てみたかったんだけど、私みたいに まだ小学校にも行ってない子供には 見てもわかんないだろうって決めつけられてて、それがわかるから、私は無理に近寄って見ようとはしなかった。 
私みたいなチビは、頑張って近付いても、『邪魔だ!』って言われて、すぐに 弾き飛ばされてただろうけど。

新しいもの好きで、今 天球儀に群がってる男の子たちも、どうせ何日かすれば、天球儀なんて遊べないものには飽きちゃって、見向きもしなくなるだろうって、私には わかってた。
でも、私は、どうしても その天球儀を近くで見てみたくて、男の子たちが飽きるのを待ってられなくて、その日の夜、みんなが眠った頃に、こっそりベッドを抜け出した。
私の部屋は、二段ベッドが4つある8人部屋。
施設の先生は夜は2人しかいないから、こっそり抜け出しても 見付かったりしない。
夜 歩き回るのは中学生以上の大きな子供だけだって 思い込んでるから、先生たちは、夜は、小さな子供たちのいる部屋の方には 見回りにもこないの。

私は、星や星座が大好き。
星占いじゃなく、星座が好き。
おひつじ座、おうし座、ふたご座、かに座、しし座、おとめ座、てんびん座、さそり座、いて座、やぎ座、みずがめ座、うお座。
星占いの12個の星座も、全部言える。
図書室の星の図鑑や写真集は、みんな見た。
ここの図書室には、星の本は4冊しかないけど、それを全部。
アンドロメダ姫のお話や水瓶座のお話も知ってる。

誰もいない真夜中の遊戯室。
廊下の電気はついてるけど、部屋の灯りは消えてる。
部屋の灯りをつけたら、先生に見付かっちゃうから、私は、廊下の灯りを頼りに 天球儀を置いてあるテーブルに近付いて、天球儀の電気をつけた。
紺色のボールの真ん中に光が灯り、ボールの表面に星座が浮かび上がる。
天の川、北斗七星、昴、アンドロメダ大星雲。
それから、天球をぐるりと囲む12の星座。
くるくる回る星座球。
おひつじ座、おうし座、ふたご座、かに座、しし座、おとめ座、てんびん座、さそり座、いて座、やぎ座、みずがめ座、うお座。

くるくる回る天球儀を 一人で見詰めているうちに、私は すごく悲しくなった。
12の星座を知ってても、私は私の星座を知らないの。
私は、自分の本当の誕生日を知らないから。
私は よく憶えてないんだけど、私が もっと小さかった時、私は、この三つ星学園の庭に置き去りにされてたんだって。
それで、その日が 私の誕生日ってことになってる。
でも、ほんとの誕生日は きっと違う。

私は時々 思うの。
私が こんなに星が好きなのは、私が ほんとは地球人じゃなくて宇宙人だからなんじゃないかって。
かぐや姫より もっとずっと遠い星からやってきた宇宙人。
私が この学園の庭にいたのは、きっと、宇宙船が故障して墜落したからで、私が それまでのことを何も憶えてないのは、墜落のショックのせい。
でも、いつか、故郷の星から迎えの宇宙船が来て、私のお父さんとお母さんが 私に 記憶を取り戻させてくれる。
私が“変わった子”“変な子”なのも、そのせい。
地球人じゃないのに、地球で地球人として生きてるから。
地球人の振りをさせられてるから。
私の故郷の星はどこなんだろう。

天球儀がくるくる回る。
天球儀を見れば、私の故郷の星がどこなのか思い出せるんじゃないかと思ったのに、どの星に私のお父さんとお母さんがいるのか、私には 全然わからなかった。
宇宙船が墜落した時、私のお父さんとお母さんは死んじゃったのかもしれない。
だから私のお父さんとお母さんは 私を迎えに来てくれないのかもしれない。
私は“変な子”“変わった子”のまま、この星で大人になって、一人ぽっちで死んでいくのかもしれない。
そう思ったら悲しくて――私は、部屋に戻って、いつのもように ベッドの中で泣くことにした。
それで、最後に 天球儀の天球を 力一杯 回して、部屋に戻ろうとしたの。

その時、ふと、隣りの輪っかだらけの天球儀の方を見たら、いちばん大きな平らな輪っかの上に、何かがいるのに気付いた。
“何か”っていうのは小さな人形で――それは動いてた。
人形は二つ。
私の中指と人差し指くらいの大きさ。
確かに、動いてる。

私、去年 三ツ星学園をやめた先生に、オルゴールの上で曲に合わせて踊る人形を見せてもらったことがあったから、天球儀の上の人形も そういうのなのかなぁと思った。
この輪っかだらけの天球儀は、スイッチを入れると音楽が鳴って、この平らな輪っかの上で 人形たちが踊り出す仕組みになってるんだろうって。

でも、その二つは、人形にしては 手も足も別々に動いてて――ほんとに動いてる!
それは 人形じゃなかった。
それは 生きてる何かだった。

私は、夢を見てるんだと思った。
でも、すぐに夢じゃないって わかった。
それで、次に、図書室で読んだ いろんな絵本を思い出した。
『親指姫』に『小人の靴屋』、『砂の小人』、コロボックルや妖精が出てくる本、それから『くるみ割り人形』。
『くるみ割り人形』は、呪いで くるみ割り人形にされた王子様の話だったけど、呪いで小人にされることもあるのかな?
それとも、この二人は小人の宇宙人?
この三ツ星学園には、宇宙船を呼び寄せる力みたいなのがあるのかもしれない。
だから、色々な宇宙人がやってくるのかもしれない。

自分は宇宙人なのかもしれないなんてことを考えてたくせに、私は小人の宇宙人(?)に 滅茶苦茶 驚いて、大声を上げそうになって、でも、小人たちが私を止めたの。
「大声を上げないで。人を呼ばないで」
って。
私は、ほとんど口から飛び出そうになってた声を、ごっくんと喉の奥に呑み込んだ。
私の目と口と心臓が落ち着くのを待って、小人たちが尋ねてくる。
「僕たちが見えるの?」
私は、こくりと頷いた。






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