小人たちの声は――声――これは声なのかな。 それは 小人の声にしては大きくて――普通の大きさの人間の大人の声に聞こえた。 違う。 普通に聞こえるのに、大きな声じゃないんだ。 なのに、ちゃんと聞こえるから、その聞こえ方に 私が戸惑ってたら、それがわかったのか、 「耳に直接 響くように喋ってるんだよ」 って、小人さんが説明してくれた。 小人の宇宙人たちと お話ができる! それが わかったから、私はすぐに訊いた。 「あなたたちは誰? 何? 宇宙人? 妖精? それとも、呪いで小人にされちゃったの?」 「呪いで小人にされたわけじゃないよ」 答えてくれたのは、小さい方の小人。 「僕たちは、自分から望んで小人になったんだ。この方が人目につかずに動き回れるから」 自分から小人になった――ってことは、この小人たちは ほんとはもっと大きいの? 「でも、そんなに小さかったら、誰かに踏み潰されちゃうかもしれないでしょ? 机の端から端まで歩くのにも時間がかかるでしょ? 虫と間違われて、殺虫剤をかけられたりしない?」 「僕たちは光より速く動けるから、大抵の人は、僕たちがいることに気付かないんだよ。日本中に配られた天球儀は、僕たちにとって 駅や空港みたいなもので、それで 僕たちは あちこちを行ったり来たりしてる。でも、僕たちに気付いたのは、君が初めてだ」 「え」 それは、私も宇宙人だからかな? 小人になろうと思って、小人になれて、光の速さで動ける人たちって、普通の地球人じゃないよね? 私は 小さくなったり、すごく速く動いたりはできないから、違う星の宇宙人なんだろうけど。 「どうして? 何のために小人になったの?」 「僕たちは、日本中の いろんな場所をまわって、消えてしまった僕たちの娘を探してるんだ」 「消えた?」 “消えた”って、どういうこと? “行方不明”じゃなく、“誘拐された”でもなく、“死んだ”でもなく、“消えた”なの? 「そう。消えてしまったの……」 小人さんは小さいから、その顔までは よく見えない。 でも、声だけでも、小人さんが すごく悲しそうなのが、私には わかった。 「呪いをかけられたんじゃなくて、自分で小人さんになれるのは、普通の人間じゃないよね? あなたたちは、やっぱり宇宙人なの?」 私は、天球儀の置いてあるテーブルの横にある椅子に座った。 それで、私の目の位置が、天球儀の輪っかの上に立ってる小人さんたちと同じ高さになる。 小人さんたちの表情が 少し わかるようになった。 小人さんは首を横に振った。 宇宙人じゃないってことみたい。 「僕たちは 宇宙人じゃないよ。普通の人間でもないかもしれないけど、でも人間。僕たちの娘は、ある戦いに巻き込まれて――」 「戦い?」 戦いって何? 戦いって、誰かと喧嘩することでしょ。 敵がいるから、できることだよ。 びっくりした私に、小人さんが頷く。 「僕たちは、平和を守るために戦うことが仕事なんだよ」 それは、正義の味方? こんなに小さくて、正義の味方? 正義のために悪者と戦うなら、大きい方がいいと思うけど。 悪者と戦う時は 大きくなるのかな? 「そう、戦い。僕たちが その時 戦っていた敵は、人や物を異次元に飛ばす技を使うことのできる戦士で――不意打ちの技の余波で、僕たちの娘が異次元に飛ばされそうになったんだ。僕たちが すぐに引き戻して、次元は超えずに済んだ。でも、空間は超えてしまった。そんなに大きな移動じゃなく、日本国内には いる――と思うけど」 「……」 なんか……全然 意味がわかんない。 ジゲンって、なに。 「あの技は、おそらく、瞬時に、人や物を原子レベルに分解して 異世界に送り込み、そこで再構成させる技だったと思う。だから、いくらか 姿が変わってしまっていることもあるかもしれなくて、探し出すことが難しいんだ。記憶も失われているかもしれないし……」 難しいところは飛ばして、わかりやすく まとめると――小人さんたちの子供は、日本のどこかにいて、見た目が変わってしまってるから、見付けにくい。ってことかな? それで合ってるかな。 ……見付けられるのかな、そんなの。 顔が変わってたら、見付ける方法なんてない。 小人さんたちは、そんなの、どうやって 見付けるつもりなの。 私、見付かるわけないって思ってる顔しちゃったみたい。 小人さんは、 「僕たちは、僕たちとナターシャちゃんを繋いでいる絆は、決して切れることはないと信じてるんだ。僕たちは 必ず、ナターシャちゃんを探し出す。ナターシャちゃんと必ずもう一度 会う」 小人さんは、きっぱりと そう言った。 その願いが叶わないことなんて あるはずがないって、すっかり信じてるみたいに。 それって、やっぱり、普通の人間の大人じゃないよね。 見付かりっこないって、私は言えなかった。 この小人さんなら、もしかしたら ほんとに 見付けるのかもしれないって思えたから。 「ナターシャちゃん? 小人さんたちが探してる子って、外国の人なの?」 そう言われてみれば、二人の小人さんの片方――大きい方は、髪が金色。 日本人にも無理に金髪にする人がいるから、そういうのなのかなって思ってたけど、小人さんの金髪は偽物の金髪じゃないみたい。 きらきらしてて――すごく 綺麗。 偽物とは違う。 「ナターシャちゃんは外国の人じゃなくて、いろんな人が混じってるんだ」 「そういうの、ハーフって言うんだよね。私、知ってる」 以前、そんな子が三ツ星学園にもいたの。 2年くらい前かな。 先生が、『やっぱりハーフだと顔立ちが整ってるわねー』って言ってた。 一ヶ月くらいいて。すぐに どっかに行っちゃったけど。 じゃあ、小人さんたちが探してるナターシャちゃんも、私なんかと違って綺麗な子なんだ。 「ナターシャちゃんは いいなあ。そんなにお父さんやお母さんに会いたがってもらえて……」 私は お父さんのことも お母さんのことも憶えてない。 何にも憶えてない。 お父さんや お母さんに ひどい目に合わされて、そのショックのせいで忘れちゃったんだろうって、先生たちは言ってた。 私が“変な子”なのも、そのせいだろうって。 多分、そうなんだろうな。 それがほんとのこと。 私が宇宙人だなんて空想より、その方が ずっと ありそうだもん。 きっと私は 私のお父さんとお母さんに捨てられたんだ。 この三ツ星学園の庭に。 でも、そんな“ありそうなこと”は、私は考えたくないの。 悲しいことは考えない。 「私、ナターシャちゃんを探すの、手伝ってあげる。小さい方が いろんなところに潜り込みやすいんだろうけど、大きい方が探しやすいこともあるでしょ」 私が小人さんに そう言ったのは、悲しいことを考えないため。 小人さんのためにナターシャちゃんを探すのは、悲しくないことだと思ったから。 小人さんは、喜んでくれたみたいだった。 「ありがとう。優しいね。あなたの お名前は? 歳はいくつ?」 「ナナミ。七回生まれるって書くんだって。歳は――多分、4つくらい」 多分。 私に、確かなことなんて、何もない。 「素敵な名前だね。つらいことがあっても、七回 立ち直れるように?」 私の名前を素敵だなんて言う、小人さんたちこそ 面白い。 「そうじゃないの。この施設に捨てられてた7人目の子供だからナナミ。1人目が、“一”って書いて“はじめ”。2人目が“双葉”。3人目が“美津子”。4人目が“史郎”。5人目が、“衣津実”、6人目が“睦男”。7人目の私が“七生”。私の次の8人目が“八重”」 9番目の“久”も10番目の“充”もいるんだけど、私は言うのをやめた。 小さい小人さんが、暗い顔になったから。 小人さんは、嫌だよね。 どこかの施設で ナターシャちゃんが、11番目の子だから、“十一子”なんて名前をつけられてたら。 私も、私のことより ナターシャちゃんのことを知りたい。 「ナターシャちゃんは、どんな子だったの?」 私が訊くと、小人さんは、幸せなナターシャちゃんのことを 私に教えてくれた。 「ナターシャちゃんは、消えた時は、3、4歳だった。僕たちは、もう3年近く探している。髪が長くて、おしゃれで、可愛い子だった。元気で明るくて、物怖じしなくて、はきはきして――優しくて、パパが大好きで、歌を歌うのが大好きで、しょんぼりしてる人がいると、歌を歌って元気づけてくれた。公園で初めて会う子ともすぐに友だちになれて、どんな遊具にも怖がらずに挑戦していって……勇気のある子だった」 「すごい……」 幸せなナターシャちゃんは、私と全然違う。 3つか4つの時に消えて、それから3年っていうことは、ナターシャちゃんは もう小学校に入ってる。 私より、3つ4つ お姉さんなんだ。 三ツ星学園にも小学生の女の子は何人かいるけど、元気で明るくて勇気のある子なんて、一人もいないよ。 みんな 静かで大人しくて、目立たないようにしてる。 時々 暴れる子はいるけど、そういう子ほど 普段は大人しい。 |