「『大好き』と『ありがとう』と『ごめんなさい』は、必ず相手に伝えるようにって、いつも娘に言っているんです。『そうすれば きっとナターシャちゃんは幸せになれるから』って。それで、ここまで追いかけてくることになってしまいました。すみません」 無名の俳優のために わざわざ来てくれて嬉しいという意味で告げた、僕の『東京から、こんな遠くまで』への、白百合の君の答えがそれだった。 『大好き』と『ありがとう』と『ごめんなさい』は、必ず相手に伝えるように。そうすれば、きっと幸せになれるから――。 白百合の君の教えは、僕の身に染みた。 「ナターシャのパパも マーマに『大好き』をいっぱい言ったんダヨ。それで幸せになったんダヨ。だから ナターシャも、いっぱい『大好き』を言うの。ツバメさんの歌も、ツバメさんのお兄ちゃんも、ナターシャは大好きダヨ。ゴーシュも優しくて立派だったヨ。ナターシャは大好き!」 ナターシャちゃんは、賢そうな瞳を きらきらと輝かせ、こっくりと頷いてる。 マーマに 幸せになる方法を教えられていたナターシャちゃんは、僕のツバメの歌を大好きになって、こんな遠くの町まで来てくれた。 ナターシャちゃんは僕に『大好き』を伝えられて満足そうで幸せそうだけど、ナターシャちゃんの『大好き』は、僕をも幸せにしてくれた。 すごく幸せにしてくれた。 仕事があるから帰らなければならないという、ナターシャちゃんのマーマとパパとナターシャちゃんに、僕は『さようなら』の代わりに『ありがとう』を幾度も幾度も繰り返したんだ。 「普通の人とは、オーラっていうか、存在感が違うな」 車が動き出しても、車の中で いつまでも手を振っているナターシャちゃんの姿が見えなくなるまで見送って、会場の片付けに戻ろうとした僕に話しかけてきたのは、町の演劇サークルのリーダーのおじさんだった。 他のメンバーも一緒だ。 「あんな人たちが、こんなところまで わざわざ観に来てくれるなんて、上手いと思ってたけど、おまえ、本物なんだな」 って。 ナターシャちゃんの『大好き』は僕を幸せにしてくれたけど、オーラの違う圧倒的な美男美女の存在は、僕の評価を 相当 かさ上げしてくれたみたいだ。 僕は逆に、オーラの違う美男美女の力に感嘆することになった。 サークルのみんなは、でも、あの綺麗な家族の登場で 僕への評価を変えたのじゃなかったらしい。彼等が彼等のサークルに僕を快く迎え入れてくれなかったのは、僕のため――僕のためを思ってのことだったらしかった。 「うん。やっぱり、あなたは、上手い人たちのところに戻った方がいいと思うのよ」 「舞台っていうのは、一人だけ上手かったり、一人だけ下手だったりすると、それでだめになる。レベルが違う人が気になって、作品全体を見ることができなくなるんだ。調和が壊れる。わかるだろ」 「だからって、わざと下手に演じるのはよくないよ。君まで、本当に下手になってしまうから」 「あ……」 彼等は 僕の失敗を期待して観にきたんだと思っていたのに。 僕の心は、なんて 捻くれていたんだろう。 僕は 彼等に『ごめんなさい』を言った。 『ありがとう』を言った。 そして、もう一度、夢に挑むことを始めたんだ。 町を出る時、父さんと母さんにも『ありがとう』と『ごめんなさい』を言った。 母さんは、 「こうなるだろうと思ってたから、予想が当たって嬉しい」 って言って、父さんは何も言わなかった。 『やめとけ』も言わなかった。 頑固な昭和の男って感じ。 そう言えば、あのオーラの違う美男美女家族も、金髪イケメンは一言も喋らなかったな。 あの派手な外見のイケメンパパも、実は意外と古いタイプの男なのかもしれない。 |