「さあ、パパとマーマのお許しは得た。ナターシャ、早速、私とお出掛けすることにしよう。どこに行きたい? 遊園地か? 動物園か? お洋服を買いに行くか、ご馳走を食べに行くか」
「わあっ !! 」
自分を甘やかしてくれそうな気配を漂わせた人に、子供は敏感である。
可愛い孫娘を目の中に入れても痛くない気配を全開にしているカミュに、ナターシャは歓声を上げた。
だが、すぐに、マーマを ちらりと盗み見て、“お利口で いい子のナターシャ”の顔を作る。
「ナターシャは、一着だけ 新しいお洋服と買ってもらうヨ。食べ過ぎないくらいに栗と芋とカボチャのケーキを食べて、飲みすぎないくらい おリンゴとブドウのジュースを飲んで――それで、ナターシャが行きたいのは水族館ダヨ! ナターシャは 綺麗なクラゲのショーが見たいんダヨ!」

ナターシャは、すっかり その気だった。
カミュも もちろん、すっかり その気だった。
そして、すっかり その気になっている孫とおじいちゃんコンビを 押し留めることは、アテナの聖闘士にも不可能。
「氷河、瞬。ナターシャは、私が責任を持って預かるから、おまえたちは大船に乗ったつもりで、仕事にでも、温泉旅行にでも行きなさい。瞬。私は スマホがないので、カードを一枚 預けてもらえると助かる」
「パパとマーマは 二人でお仕事と温泉。ナターシャは おじいちゃんと一緒に、デパートとカフェと水族館ダヨ。ヤッター!」
パパやマーマが何か言う前に、正味3分で、自分の部屋に駆け込み、部屋着を外出着に着替え、ネコのお出掛けポシェットにハンカチを入れて肩に掛け、お出掛けの準備を済ませて、おじいちゃんの許に戻ってくるという芸当を、ナターシャは してのけていた。

走り出した二人を止めることは、もしかしなくても 神の力をもってしても不可能。
そう悟った氷河と瞬が採った窮余の策は、カミュほどではないが何かと色々リタイアしていて時間が自由になる星矢に、カミュとナターシャの尾行と護衛(監視とも言う)を頼むことだった。
カミュが孫に目が眩んで 非常識な行動に及びかけたら、偶然 通りかかった振りをして、何とか その非常識行動を防いでほしい。
『尾行の礼には、希望のおやつを好きなだけ』という、割がいいのか 悪いのか わかりにくい報酬で、星矢は その仕事を 快く引き受けてくれたのだった。


いくらカミュでも、自分が死人だということは忘れてはいないだろう。
“孫が可愛いから”という理由で 死人に生き返られてしまっては、ハーデスの立場もないし、他の死人たちも黙ってはいまい。
カミュは、早晩 冥界に帰ることになるのだ。
それを承知している(はずの)カミュを、『さっさと冥界に帰れ!』と せっつくことができるほど、氷河はクールな男ではなかったのである。
ちなみに、『早晩』とは、『遅かれ早かれ、いつかは』という意味。
つまり、『それがいつになるかは わからない』という意味である。


カミュは、“楽しい おじいちゃん”ライフを満喫しているようだった。
昨日は水族館、今日は遊園地、明日は動物園と、毎日 ナターシャと お出掛け。
夜は夜で、階は違うが 氷河の部屋と瞬の部屋があるので 客用寝室はすぐに準備できると告げたのに、ナターシャの部屋がいいと言い張って、ナターシャのベッドの横の床に布団を敷いて(睡眠を取る必要がないので)寝た振り。
その上、ナターシャが欲しがるものは(瞬のカードを使って)何でも買い与えるという、典型的な祖父母の迷惑行為を、完璧に実行。

さらには、星矢から話を聞き、こんなことでアテナの手を煩わせるわけにはいかないと考えた紫龍が、『速やかに(かつ、自主的に)冥界に帰ってほしい』という意味で告げた、
「こちらでの滞在予定は いつまでですか」
という問い掛けに、
「死ぬまでかな」
などという、ふざけた答えを返してくる始末。

「さすがは氷河の師匠だけあって、非常識の極み。俺の常識では太刀打ちできん」
聖闘士の善悪を判断する要の役を担う天秤座の黄金聖闘士を 感心させ、引き下がらせてしまったのだから、孫を愛するおじいちゃんの力は すさまじい。

ハーデスも特段の動きは見せず、アテナからの沙汰もない。
神もお手上げの不治の病。
孫への愛に溺れ暴走する先代水瓶座の黄金聖闘士を正気に戻すことができる(かもしれない)のは、ただ 時間のみ。

地上世界、海界、天上界、冥界――すべての世界の誰もが そう思い始めた(=諦め始めた)頃。
少し 向きの違う風が吹き始めた。






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