自身のチェストの中にあった子供服ブランドの紙袋を リビングルームのテーブルの上に ずらりと並べて、 「カミュが 瞬に叱られると思って、隠していたのか?」 と、ナターシャを問い質したのは、珍しいことに瞬ではなく氷河だった。 ナターシャがパパとマーマに隠れて何かするとしたら、それは誰かを守るために決まっている。 氷河が珍しくナターシャを責めたのは、カミュの前で、ナターシャの父親としての権威を示すためではない。 そうではなく―― ナターシャを瞬の叱責から守るためだった。 つまり、ナターシャに悪意がなかったことを、瞬の前で証明するため。 瞬は、氷河のそんな考えは、最初から お見通しだったが。 「氷河。ナターシャちゃんは、そんなことはしないよ。ナターシャちゃんは 誰かに何かを買ってもらったら、そのことを すぐに ちゃんと僕と氷河に報告して、その人の厚意に甘えてもいいかどうかを確かめる。隠すと叱られるけど、正直に言えば 叱られないってことを、ナターシャちゃんは知ってるからね。ナターシャちゃん、そうでしょう?」 瞬に問われたナターシャが、こくんと頷く。 証拠の品が並べられたリビングルームのテーブルの向こう側の裁判官席に氷河と瞬、テーブルのこちら側の被告席にナターシャ、その隣りにカミュが座っている。 カミュの役どころはナターシャの弁護人というところだったろうが、この弁護人は事情が全く わかっていなかった。 なぜか いつのまにか、傍聴人よろしく この法廷にやってきていた星矢と紫龍の方が、当該裁判の当事者でないにもかかわらず、ナターシャの価値観や考え方を弁護人より正確に把握していたかもしれない。 「カミュ先生に買ってもらった洋服を、ナターシャちゃんが氷河の部屋のチェストの中に入れておいたということには、だから、別の理由があると思うよ」 ナターシャは、『違う』とは言わない。 ということは、ナターシャの行動には、証拠物件隠避ではない、別の理由があるということ。 瞬は、ナターシャに、その訳を尋ねた。 「その理由を、僕たちに教えてくれる? 大丈夫。ナターシャちゃんが優しくて 正直な いい子だってことは、ここにいる みんなが知ってる。僕たちは――氷河もカミュおじいちゃんも、ナターシャちゃんの秘密を秘密でなくして、ナターシャちゃんの心を楽にしてあげたいんだ。氷河なんか、ナターシャちゃんに秘密を持たれたら、悲しくて泣いちゃうよ。わかるでしょう?」 ナターシャは、マーマの言うことが“わかった”らしい。 彼女は、それでも 暫時 ためらってから、パパを泣かせないために、ゆっくりと口を開いた。 「ナターシャ、パパとマーマが お話してるのを聞いたの。おじいちゃんがナターシャにしてくれてることは、ほんとは おじいちゃんがパパにしてあげたかったことなんだって、マーマはパパに言ってタ」 「え、僕?」 ナターシャに“秘密”を持たせた原因が、自分にあったとは。 ナターシャの想定外の言葉に驚き、自分は いつ そんなことを氷河に言っただろうと、瞬は すぐさま自身の記憶域の検索に取り掛かったのである。 数秒で、瞬は思い出した。 カミュが この家にやってきて まもなく。 予想通り、孫に甘いおじいちゃんモード全開で 精力的に活動を始めたカミュ。 孫に甘すぎるおじいちゃんカミュを諫めることのできない氷河が、そんな自分のことも ひっくるめて瞬に詫びてきたことがあった。 あの時、お昼寝中だと思っていたのに、ナターシャは いつもより早めに目覚めて、リビングのドアの前まで やってきていたらしい。 |