「すまん。甘やかして」
甘やかしているのは、『カミュが ナターシャを』か、『氷河が カミュを』なのか。
おそらく その両方なのだろうと、瞬は思った。
そして、今から、『自分は 氷河を』甘やかすのだ――と。

「おじいちゃん、おばあちゃんっていうのは、そういうものでしょう」
「そういうものなのか?」
「そういうものみたいだよ。病院では、おじいちゃんや おばあちゃんの方が体調を崩していることが多いから、そんなに お目にかからないけど、元気なおじいちゃん おばあちゃんたちの中には、孫に愛されることを生き甲斐にして生きているような人もいる」
「そうか……。俺はマーマしか知らないから――」
母には深く愛してもらったと思うが、甘やかされたという記憶や意識はないのだろう、氷河には。
氷河は、尊属とは そういうものだと思っていたに違いない。

「意外だな。おまえは優しい人間が、人が言うほど甘くはない。カミュのしていることは、ナターシャを我儘な子にしかねない危険な行為だと、諫めるものとばかり……」
だから氷河は、先手を打って、瞬に師の 甘すぎる おじいちゃん振りを謝ったのだ。
マーマに叱られている おじいちゃんの姿をナターシャに見せないため、ナターシャのおじいちゃんとしてのカミュの尊厳を守るために。
瞬が、縦にとも横にともなく首を振る。

「おじいちゃんやおばあちゃんっていうのは、孫を甘やかすもの。親ほどには 子供に対して責任を負っていないから、気持ち的にも余裕があるし、経済的にも余裕があることが多いから――っていうのが定説みたいだよ。僕は、それとは別に、世の おじいちゃんおばあちゃんたちは、自分たちが若くて余裕がなかった頃に 我が子にしてやれなかったことを、孫には してやりたいと思ってしまうからなんじゃないかと思ってる。一度、子供を育てあげてるんだよ。子供を甘やかすのはよくないって、彼等は わかっているはずなんだ。なのに 孫を甘やかしてしまうのは、きっと そういうこと。今 カミュ先生がナターシャちゃんにしていることは、カミュ先生が 小さかった頃の氷河にしてあげたかったことなんだよ」
「俺に?」

「そう。綺麗なお洋服をたくさん着せてあげて、美味しい ご馳走を好きなだけ食べさせてあげて、いろんなところに遊びに連れていってあげて、玩具もたくさん。氷河が お片付けをしたくないなら、自分がしてあげて、絵本は 氷河が読めなくても、自分が読んであげればいい。それで氷河が機嫌よく 楽しそうに笑ってくれているなら、それが自分の幸せでもある。カミュ先生は、本当は氷河に そうしてあげたかったんだ」
「まさか。カミュはマーマの船を海溝深くに沈めた」
瞬の推察を、これまた珍しく氷河が、即座に否定する。
否定されたことを、瞬は興味深く――否、微笑ましく感じた。

カミュが“クールとは正反対の甘すぎる指導者”“地上の平和より弟子を優先した、義より情の聖闘士”と評されるたび、氷河は その事実を告げて反論してきた。
カミュは甘い指導者などではない。
甘いどころか、冷酷なまでに厳しい指導者だったと。
そうではないことを、氷河は 誰よりもよく知っているはずなのに。
瞬は 微笑んで頷いた。

「カミュ先生には、氷河をアテナの聖闘士に育てあげなきゃならないっていう使命と責任があって、そのために氷河に厳しい修行を課さなきゃならなかった。カミュ先生は、本当は とっても甘――ううん、とっても優しい人だから、氷河に厳しくするのは すごく つらかったと思うよ。だから、今、氷河に優しくしてあげられなかった分を、ナターシャちゃんにしてあげて、カミュ先生は 自分の心を慰めている――もしかしたら、罪滅ぼしをしているんだよ。そんな必要はないのに。だから、カミュ先生には 好きにさせてあげたい」
『いいのか?』と、言葉にはせず、氷河が瞬に訊いてくる。
瞬が微笑むと、氷河は ほっと安堵の息を漏らした。
そして、言う。

「おまえ、意外に甘い人間だったんだな」
「氷河を 氷河に育ててくれたカミュ先生への 僕の感謝の気持ちだよ。氷河にも、そういうところがあるでしょう? 自分を聖闘士に育て上げてくれたカミュ先生への感謝の気持ちがあるから、甘い おじいちゃんを責められない。カミュ先生への感謝の気持ちを自分で訴えられないから、ナターシャちゃんに 優しい おじいちゃんを喜んでもらうことで、代わりに伝えてもらっている。――みたいなところ」
「……」
そうかもしれないと思うところがあったのだろう。
氷河は 何か言いたげな顔になり、だが、何も言わなかった。

「だから、ナターシャちゃんには、カミュ先生に、素直な笑顔で、『嬉しい』『ありがとう』って言ってほしい。それで カミュ先生の心が少しでも慰められるなら。カミュ先生が少しでも幸せになってくれるのなら」
後悔を相殺するのも、感謝の気持ちを伝えるのも、子供頼み。
大人とは面倒な生き物だと、あの時、瞬は思った。






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