「こういう時は 何と言えばいいんだろうな。『おめでとう』というのは、何か違うような気がする」 紫龍の問題提起への適当な答えを、瞬は すぐには思いつけなかった。 成るべくして成ったこと。 あまりにも当然の成り行き。 だが、成るべくして成った時が 予想していた時より かなり遅かった――。 無一物で この世に命を受けた赤ん坊が 無事に成長して小学校に入学したのなら、『おめでとう』でいいだろうが、運動会の徒競走で、いちばん最後にゴールに飛び込んだ走者に『おめでとう』と言うのは、さすがに不適切だろう。 少しく考えてから、瞬が、 「『この時を待っていた』かな」 と告げる。 「そうだな。『この時を待っていた』。実に的確だ」 紫龍は 瞬が口にした言葉を復唱することで、氷河は 瞬の意見に異議を唱えないことで、瞬に賛同の意を示した。 彼等は、この時を待っていたのだ。 この時――星矢が 女神アテナから射手座の黄金聖衣を授けられ、射手座の黄金聖闘士になる時を。 星矢の仲間たちにとって、乙女座の黄金聖闘士、獅子座の黄金聖闘士、天秤座の黄金聖闘士、水瓶座の黄金聖闘士たちと共に 射手座の黄金聖闘士が並び立つ この時は、まさに“待っていた時”、“長く待ち望んでいた時”だった。 「本当なら――インビジブルソードでの負傷さえなかったら、もう何年も前に、誰よりも先に 星矢こそが黄金聖闘士になっていたはずなんだから。遅くなったけど、本当によかった」 「ああ、そうだな」 紫龍が頷き、氷河は またしても、いかなる反応も示さないことで同意を示した。 「星矢は、射手座の黄金聖衣に好かれていたし」 「何だよ、それ。聖衣に好かれてたってのは」 その場で 初めて瞬に、反対ではないが賛同とも言い難い――疑義を呈してきたのは、正式に射手座の黄金聖闘士になったばかりの星矢その人。 瞬の口元に、自然に笑みが浮かんでくる。 「言葉通りだよ。先代の主のアイオロスを失って長かったから、射手座の黄金聖衣は ずっと自分の存在を空しく感じていたんじゃないかと思うよ。次の主 星矢に出会えたのは もう十何年も前なのに、黄金位の正式な継承まで、こんなに長く待たされた。射手座の黄金聖衣は今、恋焦がれていた恋人と やっと結ばれた思いでいるんじゃないかな」 「そうなのかなあ」 噂の射手座の黄金聖衣は、今は聖衣櫃に収まり、人馬宮の正面奥にある大理石の飾り台の上に安置されている。 星矢たち五人は、たった今、アテナ神殿で 黄金聖衣をまとった姿を、アテナと 聖域の住人たち――アテナに仕えている者たち――に お披露目してきたところだった。 沙織とカノンと、なぜか貴鬼も お披露目される側――見物人側にいるのが ご愛敬。 星矢たち五人は、アテナと共に、もう何年も聖域に足を踏み入れていなかったのだ。 聖域の戦力不足を補うために、過去に存在していた聖闘士たちを現世に出現させる召喚呪式を用いる聖域のカノンと 沙織が袂を分かってから、瞬、紫龍、氷河は、沙織と共に日本に拠点を移していたから。 射手座の星矢どころか、乙女座、獅子座、天秤座、水瓶座の黄金聖闘士の姿を見るのが初めての者も、聖域には多くいた。 女神アテナの姿を初めて見る者も、少なくなかったろう。 『ぼろが出ないうちに、俺は退散させてもらう』と言って、一輝が姿をくらますのは いつものこと。 残る四人が黄金聖衣を脱いで 人馬宮に集まり、人目を避けて密談に いそしんでいるのは、高潔かつ近寄り難いほどの品格を漂わせている(べき)黄金聖闘士たちが、気の置けない仲間同士の砕けた態度で下世話に興ずる様を、人様に見せないため――見せて がっかりさせないためだった。 「ペガサスの聖衣も付き合いが長かったし、アテナにペガサスの聖衣を返上する時は、星矢も別れがつらかったんじゃない?」 「おまえら、そんな気持ちになったのか?」 星矢に反問され、瞬たちは曖昧に笑うことになった。 『おまえらは そんな気持ちになったのか?』でも『おまえらも そんな気持ちになったのか?』でもないところが、微妙な探りの入れ方である。 青銅聖衣と黄金聖衣、どちらも大切なパートナーだから、どちらかを軽んじる表現にならないように、大様を売りにしている星矢でさえ、言葉を慎重に選んでいた。 瞬(たち)にとって、青銅聖衣は、アテナの聖闘士として初めて まとった聖衣。 実力的に未熟だった頃、最もつらく激しい戦いを共に戦い抜いてきた聖衣である。 返上せずに済むなら そうしたいというのが、瞬の――おそらく 瞬の仲間たち全員の――本音だった。 「中途半端な覚悟の人間には、決して あの聖衣を まとってほしくない――とは思うよ」 優しく、人当たりの やわらかさで売っている瞬にしては厳しい物言いである。 それほど 瞬はアンドロメダの聖衣に愛着があるということ。 星矢は朗らかに笑った。 「おまえだけは その心配をする必要はないと思うぜ。おまえ以外にアンドロメダの聖衣をまとえる男はいない。あれが似合う男は、この広い世界に おまえ一人だけだよ」 「それは、どういう意味?」 人の悪意など知らない お姫様が にこにこしているような(そのように見える)瞬の様子が、可愛くて怖い。 星矢の口元は 我知らず引きつった。 我関せずを決め込んでいる氷河を睨みつけてから、紫龍が執り成すように 二人の間に入ってくる。 「だが、まあ、本当に、これでやっと、すべてが 収まるべきところに収まったという感じがするな。長い道のりだった。星矢、おまえは知らんだろうが、俺たち四人の黄金位継承には、幾つもの山あり谷あり。その道のりは 全く平坦ではなかったんだぞ」 「へ」 「おまえは、俺たちが黄金聖闘士になった順番を知らないだろう」 「順番? そんなものがあったのか?」 星矢の声が半分 ひっくり返ったのは、そんなものがあったことが、星矢にとって それほど意外なことだったから。 驚く星矢に頷く紫龍も、過ぎた過去のことだというのに 未だに得心できていないような顔をしていた。 「そんなものが あったんだよ。俺たちの黄金位継承の順番は、まず 俺と氷河。次に一輝。それから瞬だったんだ」 「その順番、無茶苦茶おかしいだろ!」 間髪を入れずに、星矢が意義を唱える。 その異議を、紫龍は、さもありなんと言わんばかりの体で 受け入れた。 「まず瞬だろ。いちばん最初は瞬。実力的にも心構え的にも、瞬がいちばん強くて、いちばん世界の平和を願ってるんだから、瞬が最初ってのは動かせない。氷河はマーマのために聖闘士になったような奴だし、紫龍は春麗を幸せにするように老師からの至上命令を受けてるから、瞬ほど世界のために滅私奉公できない立場にあったろうし。でも、ま、師の跡を継ぐ意味で、瞬の次に、紫龍と氷河。つっても、瞬は自分一人が抜け駆けするようなことは嫌うだろうから、三人一緒ってのが いちばん現実的なやり方だ。で、最後に、なかなか捕まらない面倒臭がりの一輝を、何とか捕まえて 無理やり 黄金聖闘士にする。それが、誰もが納得する順番だ」 「俺たちも、それが妥当だと思っていたんだ」 紫龍が星矢の見解に賛同。 氷河は今回も、反論しないことで賛意を示した。 紫龍と氷河だけでなく、おそらく一輝も それが妥当と思っていたに違いない、その順番。 その“妥当な”順番での黄金位継承を実現できなかったのは なぜだったのか。 その時、聖域にいなかった星矢は もちろん、その時 黄金位継承の当事者だった紫龍たちでさえ、その真実の理由と原因が 未だに わかっていなかった。 |